jon-YAKITORYと柊マグネタイトが語り合う、創作における“覆面”であることの意義

 『転生したらスライムだった件』でもお馴染みのみっつばーが手がけたキャラクター原案をもとに、仮面を被った匿名チーム「No.965」が手掛けるSNS少年漫画『GABULI』。AdoやEye、jon-YAKITORY、柊マグネタイト、ウォルピスカーター、煮ル果実、Aqu3ra、sekai、めありーなど、さまざまな歌い手・ボカロPやクリエイターを巻き込み、漫画とMVがクロスオーバーする創作が次々に展開されている。

 今回『リアルサウンド テック』では、同プロジェクトに楽曲を提供したjon-YAKITORYと柊マグネタイトによる対談を実施。二人の関係性やクリエイターとしての共通点や、楽曲の制作秘話などを語ってもらった。話の核でもあり、二人の活動形態と『GABULI』に共通する「創作における“覆面”であること」についての価値観を紐解いていくトークは、多くの作り手・読者にも共感してもらえるはずだ。(編集部)

「覆面でいるからこそパンツを脱げる」ふたりの“覆面”創作論

――調べた限り、お二人が対談としてお話するのは初めてですよね?

jon-YAKITORY:はい。実際にお会いしたのも一度だけですね。

柊マグネタイト(以下、柊):そうですね。イベントの楽屋で一度お話ししたくらいです。

jon-YAKITORY

――そういうことであれば、本題に入る前にお二人がそれぞれ互いのことをどう見ているのか、という部分から聞いてみたいと思います。

jon-YAKITORY:一番最初の作品である「或世界消失」が11分とけっこう長めの曲だったので「すごい人が現れた!」と思ったのが第一印象です。そこからはあれよあれよという間に人気になっていきましたよね。曲に関する印象としては、ともすればプログレっぽく聴こえるけどキャッチーでポップさがあって。色々と構築してやってるのに「こうしたら売れるんじゃないか」という打算でやってる風に感じないのが素敵で、いちリスナーとして尊敬して聴いてました。

柊:嬉しいです。ありがとうございます。

柊マグネタイト

jon-YAKITORY:いまのボカロシーンの流れを踏まえると、普通に考えれば2分くらいの曲を作ったほうがいいという判断になるじゃないですか。でも、マグネタイトさんは逆張りをしている感じがして、そこがすごくパンクだなと。

柊:意識しまくっていたわけではないのですが、短い曲が最近流行っているとは思いつつ、自分の好きに作ろうとしただけです。

――以前、別の対談でお話を伺った際は、クラシックも中田ヤスタカさんもロシア民謡も聴いていて、ルーツは平沢進さんというお話もされていましたね。逆にマグネタイトさんから見たjonさんのイメージは?

柊:活動を始める前から「シカバネーゼ」などjonさんの曲は知っていたのですが、それがjonさんの曲だとは認知していなくて。あとから「この曲とこの曲もjonさんなのか!」と驚きました。あと、私もそうですがjonさんは特に活動に匿名性が強く出ている部分があって、そこにシンパシーを感じます。そのなかでもjonさんは「謎のなんかめちゃくちゃ強い人」みたいな印象が強い人なんです。

jon-YAKITORY:そんな印象があったんですね(笑)。音楽性が似ているというわけではないのですが、たしかに僕もシンパシーを感じる部分はあって。性格が似ていたりするんですかね……? どこか俯瞰で見ている感じがあるというか。

柊:すごくわかります。jonさんの作業配信を見たことがあるんですが、作り方はそこまで似てはいないんです。ただ、性格や考え方は似ていると思いますね。

――音楽面での共通点でいうと、おふたりは洋楽ポップスやクラシックなど、海外の音にルーツがありながら、ボカロというアウトプットへ向かった人、というのはあるのかなと。

jon-YAKITORY:たしかに。

柊:jonさんの曲からは、いわゆるボカロっぽさとは違う、海外っぽいリズムとかグルーヴを感じますよね。

jon-YAKITORY:まさに。自分は洋楽のグルーヴ感が好きですし、今回マグネタイトさんが作った「ファブリック・フラワー」はそんなグルーヴ感を感じる曲でした。

――楽曲は『GABULI』というプロジェクトに提供する形で制作したものですね。お二人とも『GABULI』に楽曲提供をしていますが、プロジェクト側から制作依頼を受けたタイミングで、どんな部分が面白いと感じて引き受けることになったのでしょうか。

jon-YAKITORY:企画の内容が、僕が熱中して読んでいた漫画の世界観ーー少し闇を感じる少年漫画や、都市伝説っぽい感じに近くてワクワクするものだったので「この作品に曲を作ってみたい!」と思い、参加を決めました。

柊:私もそういったテイストの少年漫画が好きなので、いち読者視点でも、読んでいてこれからどうなるんだと思ったくらいです。あと『カゲプロ』(『カゲロウプロジェクト』※1)がすごく好きだったこともあり、MVや楽曲が絡み合って共通の世界観ができていく感じが面白そうだと思いました。

(※1 ボカロPのじん(自然の敵P)によるマルチメディアプロジェクト)

――作品の世界観といえば、“覆面”であることがひとつのコンセプトにもなっていますよね。お二人もともに顔出しをしない、いわゆる“覆面アーティスト”として活動していますが、作り手的な視点として共感できるポイントはありますか。

jon-YAKITORY:自分が覆面であることはそこまでかっこいいわけではありません(笑)。出さないで活動できるんだったら出さないに越したことはない、というくらいで。

柊:私も別にどちらでもいいのですが、余計な情報になるかもしれないならないほうがいいし、曲に集中してもらったほうがいいと思ってこの形態を取っています。

――「曲に集中してもらう」という視点でいえば、プロジェクト側も“覆面=匿名”の形をとっていて、漫画やMV、楽曲をまずは楽しんでほしいという意図でそうしているようです。

柊:すこし前までは、匿名であることより顔を出して実名で勝負した方が格好いいという風潮がありましたが、自分はむしろそれをせず、着ぐるみを着た状態の方が本当の自分が出せると思っているんです。活動を続けるなかでも、本名で顔出しした状態だったらこういう表現はできないかもしれない、と考えることはあるので、実際そうならすごく煮詰まってしまうような気がしています。逆にそれがあまり表に出さなくて済んでいるからこそ、SNSで好きなことを投稿できるし、好きなように楽曲を作れる、というメリットは確実にあります。

jon-YAKITORY:攻撃的な曲を作ったときに、本名かつ顔出しだと「友達はなにか言ってないか」とか気になると思うんですよね。だから覆面のままでやれるならそれに越したことはないし、覆面でいるからこそパンツを脱げる、みたいなところはありますから。

ーー「パンツを脱げる」、いい表現ですね。

jon-YAKITORY:押井守さんからの受け売りなんですが(笑)、パンツを脱いで作った作品が人の心を打つと。逆に匿名性を失うことによってパンツを脱げなくなるならば、自分は喜んで仮面を被りますね。

マグネタイト:ネット掲示板の書き込みのような悪い側面が取り上げられることもありますが、クリエイティブだけにフォーカスすると、自分が表に出てると恥ずかしいけど、作品だけだったら表に出したい、という人は大勢いると思うんです。たとえば学校の発表会もそうじゃないですか。「発表したいけど、発表したあとにクラスの人になにか言われたらどうしよう」と思って発表できない人は少なくないはずですし、その躊躇がなくなることで発表できるなら、それに越したことはないですよね。

――それぞれの例えがすごくわかりやすいです……!いまはかつてに比べ、覆面的なものも許容する土壌が整ってきているように感じます。お二人の出自でもあるボカロやニコ動の文化圏は、最初からそれを良しとする環境でしたよね。だからこそ、お二人が創作活動をしていく場所として選んで、現在に繋がっているわけですか。

jon-YAKITORY:僕は以前、本名名義で音楽作家として活動していたのですが、バイト先の方に音楽をやってることを伝えたら、すごくイジられた経験が少なくなくて。「だったら名前を出さないで音楽をやりたい」と思っていたなかで、ニコニコ動画という場所を見つけたので、たしかに自分にとっての救いになりました。

柊:そういうイジられ方するの、すごく嫌ですよね。褒めてくれたとしてもいじられたとしてもどっちにしろあんまりいい気はしないというか。「曲作ってるんだ」と伝えたところで、どう返していいかわからなくて「すごいね」と言わせてしまうのが申し訳なくて。

jon-YAKITORY:だったら言わない方がいいや、となりますよね。別にそこまで褒めてほしいわけでもないし(笑)。究極的なことを言えば、本屋の前に“LEGOブロックを自由に触っていいコーナー”ってあるじゃないですか。自分はそこにスゴいものを作って置いておいて、自分が去ったあとにみんなが「なにこれ、すげえ!」みたいなことを言っているのを、隠れて聴きながらクスクス笑ってるくらいが丁度いいんです。

柊:そう! それがやりたいんですよね。それが実は自分が作ったのだ、というのを知っているのは自分だけでよくて。

jon-YAKITORY:欲を言えば都市伝説的に「実はこれってあいつが作った」と仄めかされてるくらいがちょうどいいんです(笑)。

柊:本人が表に出てきちゃうと「悪いこと言っちゃいけない」「逆にあまり褒めるとよくないかな」みたいな感じで、変な気遣いが入って本音で話せなくなるところがあるじゃないですか。素直な感想を受け取れないのがあまり好きじゃなくて。

jon-YAKITORY:対面でもらった感想って、たしかに純粋なものじゃない感じがしますよね。

――人間関係や相手の顔を伺いながら話しているというバイアスが掛からないほうが、本音で言われている気がしてうれしい、というのは面白い考え方だと思います。お二人の人間的な根っこの部分はやはり似ている、というのが聞けたところで、今回それぞれが『GABULI』に提供した楽曲についても伺います。時系列順でいくと、まずはjonさんの「アンチシステム’s」ですね。

jon-YAKITORY:プロジェクトの1曲目として、アニメMVになるというのは聞いていました。ただ、いわゆるアニメのオープニングではないというところや作品の性質、ボーカルがAdoさんであることなどを踏まえたときに、やはりここはロックでいこう、と思いました。そのうえで、これまでは王道すぎてやらなかったようなロック曲を、あえてフルスイングでやってみようということで作った曲です。

【Ado】アンチシステム’s 歌いました

――Aメロ〜Bメロの感じは“jon-YAKITORYっぽさ”をすごく感じるのですが、サビの疾走感やビートが“ど真ん中ストレート”という感じの展開だったので驚きました。

jon-YAKITORY:すごく細かいところを言えば、王道っぽい展開ではあるもののサビで転調をしていて。サビでの転調は普通は上にいくものなのですが、この曲では一個下げてるんですよね。それは作品の性質である地下に潜る感じを表現しようとしていて。

――ビートは走ってるけど調は下がることで潜ることを表現する、というのはアイデアとして面白いですね。

jon-YAKITORY:ギターとベースは別の方に弾いてもらっているのですが、二人にはとにかく「MVとして出るのは1分半で、そこが勝負だからめちゃくちゃやってください」と言ったのですが、ベースもギターもめちゃくちゃ張り切って弾いてくださって。2番のサビ前では最初の笑い声をギターで表現したり、いろんな仕掛けをやってくれたことで一つの作品になったのが、個人的にもすごくお気に入りです。

柊:ギターがすごく印象的なんですが、ロックというよりはもっと精神的な部分の強さを感じていて。いろんなジャンルがバックグラウンドにある曲だなと思いました。

jon-YAKITORY:ヒップホップが好きなこともあり、この曲にはそれらの要素も入れています。サビで〈キャップばかり〉という歌詞があるのですが、それもヒップホップのスラングである「cap=嘘つき」というダブルミーニングを込めています。

「アンチシステム’s」MVコンテ資料

 

――そんな展開なのに、Aメロではクラビネットが入っていてイリーガルかつレトロな感じも演出しているのがお見事だと思いました。次にリリースされた「Noisy Sweet Home」はEyeさんをゲストボーカルに迎えた楽曲ですが、ファンキーな感じが「シカバネーゼ」っぽくて、jonさんのパブリックイメージに近い楽曲という印象を受けました。

jon-YAKITORY:今度は思いっきりダークにして、ちょっと怖いと思えるような曲にしようかなと。主人公のひとりであるリウがスラムで育ったという背景もあって、スラムと言えば重心が低めのヒップホップだろうと。そのうえで最近ギターの曲が少なくなってきていると思っていたので、逆にギターで曲を作ることが好きになっている、というマイブームも踏まえて、全部を組み合わせたものはなんだろうと考えたときに「これはジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)だ!」と。

Noisy Sweet Home / jon-YAKITORY feat.Eye with.GABULI

ーーなるほど!

jon-YAKITORY:ジミヘンっぽい音色ということで、ファズ増し増しなギターをマロン菩薩さんにお願いしました。結果的にはオーバードライブの前にファズを置いて、歪みが二重になりました(笑)。

――2021年現在の洋楽ヒップホップは、ある種ロック回帰になっているところがあるじゃないですか。そことも共振してる感じがしていて、いまっぽい音に聴こえました。

jon-YAKITORY:ありがとうございます。あと、タイトルの「Noisy Sweet Home」は、リウの物語を考えたとき、『DEARDROPS』というゲームに「Noisyスイートホーム」というエンディングテーマがあるんですが、それが曲のバックグラウンドに皮肉が効いてていいなと思って。

――素敵な伏線の仕掛け方ですね。これは意識しているかどうかわからないのですが、〈笑って 笑って〉のように同じフレーズをリフレインしていますよね。これは「シカバネーゼ」のセルフオマージュなのかなと思ったのですが。

jon-YAKITORY:セルフオマージュという認識はないのですが、“笑う”というのは僕の創作においての一つの軸になっているところがあって。それも、朗らかな笑いではなく精神が壊れた結果としての“笑う”なんです。赤塚不二夫さんも、戦争に行って人が死ぬ姿を見てきた末に『天才バカボン』のような漫画を生み出したように、地獄を見た人が表現する突き抜けた明るさに興味があって。その相対する2つを繋ぐのは“笑う”というワードだなと。

柊:僕も“笑い”に関して調べてた時期があって。喜びだけじゃなくて、攻撃性を含んだ笑いや諦めの結果に出る笑いなど、色んな笑いがあるんですよね。

jon-YAKITORY:涙も色んな感情に使われますが、笑いって本当に奥が深いんですよね。

ーーちなみにマグネタイトさんは「Noisy Sweet Home」を聴いてどういう印象を受けましたか?

柊:ギターのファズが効いた音がすごく好きなので、イントロからめちゃくちゃいいなと。jonさんの曲は、ビートも作り方も含めて参考にしている部分が多くて。パズルみたいにいろんな音が鳴ってるんですけどうまく組み合わさっているのが聴いていて気持ちいいです。

――ここまでのお話もそうですが、全部の音や構成の仕方をロジカルに説明できるのは素晴らしいと思います。

jon-YAKITORY:後付けのものもありますよ(笑)。感覚的にやったあとに、こういう考え方だったらこう動かせばハマるな、とか。あと、以前から映画評論が好きで宇多丸(RHYMESTER)さんのラジオを聴いていたりもするのですが、映画はこんなに一つひとつのカットや表現に色んなものが絡んでいるんだと感動することが多くて。自分も楽曲を作るうえでそういう考え方を持たなければいけない、という癖がついているところはありますね。

柊:私も同じラジオを聴いています(笑)。

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