かつてデュエリストだった君たちへ 『Inscryption』レビュー

※この記事はビデオゲーム『Inscryption』を最低限のネタバレで紹介することを目的としていますが、それでも一部ネタバレがあります。気になる方はすぐ買ってください。

 ゲーム『Inscryption』は、傑作だ。

 一言で言えばカードゲームと脱出アドベンチャーが組み合わさったような本作は、今年発表されたうちの最良のビデオゲーム(Game of the Year)の候補とさえ言えるだろう。すでにPC最大のビデオゲーム市場「Steam」では、発売から1カ月と経たず18000件以上のレビューのうち96%が好評という絶賛ぶりだし、いまこの瞬間にもこのゲームがいかに美しく、よく磨かれていて、プレイヤーの心を揺さぶるか訴えるレビューが投稿されているはずだ。



 しかし、『Inscryption』のユニークな魅力は、実際にプレイしてみないとわからない類のものだ。よって「どんな情報でもネタバレになるかもしれないからいますぐ買え」、というのがわたしの結論なのだが、そう言われて素直に買う人そんなにいないだろう。どんなコンテンツもそうだが、いくら沼の底から手招きしても、陸の人々にはそれが伝わらないのである。PCでのみリリースされているのも痛し痒しといったところ。

 そこで、もはや『Inscryption』を万人に向け、普遍性によって紹介することを、いっそ諦めてしまおうと思う。その代わり、このゲームを必ずプレイするべき人々、もはやこのゲームをプレイすることが義務といえる人々に心から訴えることにする。つまり一度でもカードゲームに夢中となった君たちへ、“デュエリスト”たちへ捧げられた作品なのだと。

 『Inscryption』はカードゲームをプレイするゲームだ。

 これは比喩ではなく事実で、目の前の真っ黒なシルエットの人間かどうかもわからない男に、デッキを渡され、「ドローしろ」「モンスターを出せ」と言われてチュートリアルが進む。プレイしないという選択肢は無論ない。隙を見て席を立つこともできるし、男はそれを見逃すが、自分は今何らかの小屋の中に閉じ込められており、明らかに男とのカードゲームに付き合う以外の選択肢がないことを悟る他ない。

 カードはどれも古めかしい厚紙に、「リス」「オオカミ」といった動物たちの名前、そして彼らを正面から描いた素朴な絵によって構成されており、ルールもこれらのカードを召喚し、攻撃するだけとシンプルなものだ。男とゲームを何度もこなしていると、追加でカードをもらってデッキに入れたり、持っているカードを強化するチャンスまでくれたり、シンプルだが奥深さもある優れたカードゲーム、のように思う。

 しかし気になるのは、このシルエットだけの男は明らかに不気味な上に、ひどく高圧的なことだ。少なくとも友達とカードゲームを興じるという雰囲気ではない。プレイすることを拒める雰囲気ではまったくないし、それどころか、敗北したら一体どんな目にあうのか想像もつかない。ゲームそのものは面白いのに、この男と遊んでいると恐怖心の方が勝ってくるのである。

 カードの挙動も、ちょっと妙だ。ゲームのルールは、おそらく日本でもっとも有名なカードゲームであろう『遊☆戯☆王オフィシャルカードゲーム』(以下、遊戯王OCG)に酷似していて、強力なモンスターにはコストとして他のモンスターを捨てる、より作品の文脈に沿って言えば「生贄を捧げる」必要がある。もちろん生贄と言っても、カードをあるゾーンから別のゾーンへ移すことに過ぎず、遊戯王においてもこの行為は後に「生贄」から「リリース」のような健全な表現に改正されたことからも、別に気にするようなことではない。

 ところが『Inscryption』でカードを生贄に捧げると、黒い模様と共にカードが溶けるように消える演出が起きる。またカードの中には、どういうわけか喋るカードもあり、それらを生贄に捧げようとすると「頼む、やめてくれ!」と懇願するのである。これは本当にカードゲームなのか? 実はカードゲームというのは建前で、本当は何か恐ろしい呪術の類に加担しているのではないだろうか、という不安もよぎる。

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