「ファスト映画」の捉え方は国によってどう違う? 国際比較でみえてきた、日本と中国の「タイパ至上主義」な若者たち

ファスト映画のゆくえは?

 これまでファスト映画とその背景になっているタイパ至上主義をめぐって、日本、北米、そして中国の動向を見てきた。そして、ファスト映画のニーズはタイパ至上主義と密接に関係しており、タイパ至上主義は各国によって温度差があることがわかった。

 日本に視点を戻すと、若年層にタイパ至上主義が広がっているため、今後もファスト映画が制作・投稿され視聴される可能性が高いだろう。悪質なファスト映画制作者に対しては、今後も何らかの処罰が下されるだろう。そうは言っても、ファスト映画の完全撲滅は容易ではないと見られる。

 こうしたなか、オピニオンメディアのBLOGOSは7月1日、慶應義塾大学経済学部教授の田中辰雄氏のファスト映画に関する論考を掲載した。同教授は、ファスト映画のビジネス活用を提唱している。具体的には新作映画に関するファスト映画には一定期間の制作禁止期間を設けて、その期間が過ぎれば宣伝効果を考慮してファスト映画の制作を解禁するという戦略を提案している。この戦略が思惑通りに軌道に乗れば、映画業界とファスト映画制作者がwin-winの関係を築けるかも知れない。

 しかし、かりにファスト映画のビジネス化が成功したとしても、別種のより本質的な問題が残される。その問題とは、「ファスト映画はオリジナルとなった映画を完全代替するものなのか」というものである。この問題をより具体的に言い換えれば、「ファスト映画をたくさん見れば、映画オタク(伝統的な表現を使えば「シネフィル」)になれるのか」となる。

 以上の問題は、映画をどのようにとらえるかによって答えが異なるだろう。映画を視覚的情報の集積と見る場合、そうした情報の最新圧縮形式であるファスト映画をたくさん視聴すれば、映画情報を大量に保存した映画オタクになれるかも知れない。対して映画とはその細部にいたるまで制作者の意思が反映されたアート作品と考える場合、本来のタイムスケールを毀損するファスト映画は劣化版に過ぎす、そんなものをたくさん鑑賞しても映画の奥深さを理解したことにならないだろう。

 結局のところ、ファスト映画を見るかどうかは視聴者の嗜好に委ねられている。効率的に映画を視聴したいタイパ至上主義者にとっては、ファスト映画は優れた手段となる。しかし、タイパ至上主義者であっても時には「ネタバレなし」かつ「フルサイズで」見たいと思うこともあるだろう。そして、回り道とも思える映画鑑賞によってのみ、感動的な光景が眼前に広がることがあるのではないだろうか。

(画像=Pixabay&日本トレンドリサーチ『【ファスト映画】15.6%の方が“違法動画”と認識したうえで視聴している』より)

■吉本幸記
テクノロジー系記事を執筆するフリーライター。VR/AR、AI関連の記事の執筆経験があるほか、テック系企業の動向を考察する記事も執筆している。Twitter:@kohkiyoshi

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