「ラクガキ音楽」の系譜 ーー『ラクガキ王国』~『ラクガキ キングダム』までの歩みを振り返る

『ラクガキ キングダム』

 『ラクガキ キングダム』は2019年7月11日にプロジェクトの制作が発表され、クオリティアップのための延期を経て、2021年1月28日に正式リリースされた。ジャンルは「あなたの未来を描く育成RPG」。プロデューサーを元セガの下里陽一が務め、メインキャラクターデザインをイラストレーターの爽々、シナリオを下村健、新間一彰、大林敬が手がける。前職のセガではシャイニング・シリーズ(『シャイニング・フォース 黒き竜の復活』『シャイニング・フォース ネオ』『シャイニング・フォース イクサ』『シャイニング・フォース フェザー』)や、『ヒーローバンク』『蒼き革命のヴァルキュリア』などのプロデュースを手がけてきた下里は、タイトーに入社してすぐに『ラクガキ キングダム』の企画を立ち上げている。まずは『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』『ラクガキ王国2 魔王城の戦い』の開発資料を社の倉庫から探し出すところからスタートし、元開発スタッフである丹沢悠一の協力も得て、スマートフォンゲームにラクガキシステムを落とし込む開発が進められていった。本作では、作成したラクガキは投稿サイト「ラクガキガレージ」(https://cache-garage.rakugaki-kingdom.com/home)で他のプレイヤーと共有することができる。ストーリーは複数のキャラクターが織りなす群像劇となっており、現実とは異なる、絵で描かれたもう一つの世界《キャンバス》を舞台にして、現実世界から招かれた絵心を持つ人間《クロッカー》や、特別な能力を持ったキャンバスの住人《トレスター》のストーリーが綴られ、ラクガキを育成しながらキャンバスに隠された秘密に迫ってゆく。

■[TGS 2019]「ラクガキ キングダム」は絵を描くのが苦手な人でも楽しく遊べるタイトルに。プロデューサーの下里陽一氏にインタビュー
【2019年9月15日掲載】
https://www.4gamer.net/games/469/G046912/20190915010/

■『ラクガキ キングダム』1/28リリース!下里陽一プロデューサー突撃インタビュー
ApplivGames:2021年1月28日掲載
https://games.app-liv.jp/archives/481378

■TGS2019 ラクガキステージSide ”STORY”
出演:下村健、大林敬、下里陽一
2019年9月12日放送:https://youtu.be/RBK5alRAv14

 5月18日に『ラクガキ キングダム オリジナルサウンドトラック』がリリースされた。2017年にZUNTATAに加入し、本作でサウンドディレクター兼メインコンポーザーを務める下田祐は、タイトー入社前は『ロックマン9 野望の復活!!』(インティ・クリエイツ)、『エスカ&ロジーのアトリエ ~黄昏の空の錬金術士~』(ガスト)などのタイトルで音楽を手がけ、ゲーム音楽以外ではプログレッシヴ・ロック・バンド Shinsekaiを結成し、2005年に1stアルバム『Shinsekai』、2006年に2ndアルバム『鏡の国のアリス』をリリース。ヨーデル歌手やオンド・マルトノ奏者など各界の実力派ミュージシャンや杉並児童合唱団などを迎えてクラシックなプログレやジャズ・ロックを制作していた濃厚な経歴の持ち主でもある。

▼【戦闘BGM】Akugaki Fight Drums rec.@収録スタジオ

 下田はまず、ゲームのキーヴィジュアルである七色の《パレットツリー》からイメージを膨らませ、メインテーマと戦闘曲を制作。「Main Theme of Rakugaki Kingdom」はフルートとピアノの淡い伴奏の上で霜月はるかの透明感あふれるコーラスワークが柔らかに広がる一曲。「悪ガキ」とのダブルミーニングで命名された「Akugaki Fight Part 1」は、菅沼孝三を師に持つ当代きってのスーパードラマー川口千里や、高円寺百景の矢吹卓(ピアノ)、TEE、夜長オーケストラの今井研二(フルート)、EniGmAのイデ“S.D.”ヨウスケ(ギター)を迎えたジャズ・ロック・チューン。Shinsekai時代から下田の楽曲に参加する盟友・今井の壮麗なフルートの存在感も聴きものだ。イベント用ボス戦闘曲「ラクガキと戦慄」は、中棹三味線奏者の尾上秀樹と尺八奏者の石垣秀基によるジャンルクロスオーバーな和楽器ユニットHIDE×HIDEが参加したドゥーミーな和風変拍子プログレ曲。さらに『ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国』の戦闘曲「王立闘技場」「最後の戦い -無色-」(作曲:TAMAYO)が「ラクガキ キングダムVersion」としてアレンジされている。前曲は、渡辺岳夫や鷺巣詩郎をイメージしたバンドスタイル+ストリングスアレンジで、より切迫感のある仕上がり。後曲は、原曲の杉並児童合唱団のコーラスをオルガン・ハード・ロックと融合させたコントラストの強い「有色」アレンジ。下田は過去にShinsekaiの楽曲や『エスカ&ロジーのアトリエ』の楽曲で杉並児童合唱団を起用しており、合唱プログレへのこだわりは強い。

 システム周りやシチュエーションごとのBGMはミニマルミュージックのエッセンスや、メロトロン、ハーモニカ、アンデス(鍵盤リコーダー)、オンド・マルトノ、ジェゴグの音色などを交えたハンドメイド感あふれる仕上がりだ。ラクガキ作成時BGM「Rakugaki」は、パーツ数に応じて楽曲のパートが増えるインタラクティヴミュージックの手法がとられている。また、メインテーマのコード進行やメロディは他の楽曲にも散りばめられており、ハートウォーミングなホーム画面BGM「Canvas」や、HIDE×HIDEの演奏による和風ジャズ調の「Wasabi」、マヌーシュ・ジャズ調の「Circus」、霜月歌唱の「筆の歌」(作詞:仰木日向)などでヴァリエーションを聴かせる。

 《クロッカー》のキャラクターソングが3曲制作されており、七海ナギ(CV:藤井ゆきよ)による「ウタウタ」(作詞:仰木日向)は、ナチュラルボーンなキャラクター性がアドリブ感やライヴ感のある歌詞やアレンジ(合いの手は開発スタッフ陣によるもの)に載せて炸裂するテクノポップチューン。同曲にはKORGとZUNTATAのコラボで制作されたシンセサイザー・ガジェット「EBINA」を使用し、『ダライアス』や『奇々怪界』と同じFM音源サウンドが盛り込まれている。雪片カナデ(CV:大空直美)による「Excuse for my guitar」はストイックなカリスマシンガーソングライターというキャラクターを投影したむき出しの感情と垣間見せる優しさが同居した歌詞にも注目のパワフルなロックチューン。作曲(下田との連名)と編曲には、『アズールレーン』などを手がけるShadeが参加。彼は七海ナギ&雪片カナデのツインヴォーカルによる「Sound Graffity」の作編曲も担当し、エモーショナルなドライヴ感あふれるエレクトロ・ギターロックを聴かせる。

 そのほか、東方Projectとの期間限定コラボイベント「東方ラクガキ遊戯祭」(2021年4月6日~19日開催)のために下田が編曲した「ほおずきみたいに紅い魂」「恋色マスタースパーク」「U.N.オーエンは彼女なのか?」(作曲:ZUN)や、《スケッチ筋》なる筋肉を鍛えるというコンセプトの「ラクガキ体操」も収録されている。「ラクガキ体操」は当初シンセポップだったが、「インパクトが足りない」というリテイクにより、ドゥーミーな中間部を挟んだ激しいスラッシュメタルチューンに生まれ変わり、さらに後日、下田みずから白塗りメイクでパフォーマンスを行うハメになったというハチャメチャなエピソードを持つ迷曲だ。

 さらに、下里の意向と下田の尽力により多数のゲストコンポーザーの参加が実現し、様々なキャラクターやラクガキが登場する本作に彩を添える。各々の作家性が遺憾なく発揮された戦闘曲は、プレイヤーが自由に設定できるのも嬉しいポイントだ。『サガ』シリーズの伊藤賢治による「Indomitable Soul」は、強敵との接戦をイメージしたメロディックなメタルチューン。おなじみのイトケン節が炸裂する、思わずガッツポーズしたくなる一曲。『ラングリッサー』『グランディア』シリーズなどの岩垂徳行による「Spiral Power Bomb」は、肉弾戦をイメージした明快なブラス・ロック。トランペット、トロンボーンも岩垂自身の演奏によるものだ。『聖剣伝説2』『双界儀』『シャイニング・ハーツ』などの菊田裕樹による「IXTL(イクストル)」は、川口千里(ドラムス)、矢吹卓(ピアノ)、KBB、Eraの壷井彰久(ヴァイオリン)、有形ランペイジの二家本亮介(ベース)の技巧が切り結ぶソリッドなプログレッシヴ・フュージョン。近年は自身のソロプロジェクト ANGELICFORTRESSで現在進行形のフュージョンサウンドと生演奏の醍醐味も追求している菊田の真骨頂といえよう。

▼【戦闘BGM】IXTL/菊田裕樹 川口千里Drums Rec.@収録スタジオ

 『ポケットモンスター』シリーズなどのゲーム音楽制作や、ムーンライダーズの岡田徹とのバンド活動などを行っている黒田英明による「The brush is mightier than the sword」は、エレクトリック・ギターとアコーディオンが颯爽とリードするクロスオーバー曲。ワールドミュージック的な作風を得意とし、多種多様な民族楽器を使いこなすマルチプレイヤーでもある黒田は、アドベンチャーパートのBGM「Sketching the days」「Colors in bloom」「The modest supper」「The starry night」も担当。フラットマンドリン、アイリッシュブズーキ、アコーディオンなど絡めたアコースティックの響きを存分に堪能できる。『イース』『アクトレイザー』『湾岸ミッドナイト』『世界樹の迷宮』シリーズなどの古代祐三による「Sunny Days Battle」は、國田大輔(ギター)、棚橋俊幸(ベース)、野口仁史(ドラムス、パーカッション)、AYAKI[齋藤彰希](キーボード)といった近年の古代作品の演奏参加でおなじみの面々からなるバンドに、テイセナ&青柳萌のストリングスと伊計博司・銘苅盛通・村本功・上野悠からなるブラスセクションを迎えた大所帯バンドによる70年代風のファンキーなブラス・ロック。華やかな前半パートと白熱のプレイになだれ込む後半パートで二度おいしい構成だ。

 ちなみに古代が楽曲制作で参考にした「ポップでピッピな絵柄」のラクガキとは、「ポプテピピック」コラボの動画サンプルである。『スターオーシャン』『ヴァルキリープロファイル』『テイルズ オブ』シリーズなどの桜庭統による「Stay the way!」は、フルートを前面にフィーチャーした、変拍子渦巻くキーボードプログレ。ゲーム音楽にプログレッシヴ・ロックの要素を持ち込んだ第一人者による、これぞ様式美というほかない一曲だ。桜庭が学生時代に活動を展開していたバンド DEJA-VUのファンである下田にとっても感慨深い一曲となった。

 『ストリートファイターII』『キングダム ハーツ』シリーズ、『ファイナルファンタジーXV』などの下村陽子による「夢と幻想の円舞曲」は、ピアノとヴァイオリンが哀切の響きを奏でる、きわめてシリアスかつエピックなシンフォニック・スコア。結果的に、バンドサウンドが中心のゲスト陣の楽曲の中で異彩を放っている。中島享生による「Crimson Calamity」は、静かに熱くみなぎるダイナミズム、不屈の闘志をイメージさせる一曲。伊藤賢治とともに手がけた『パズル&ドラゴンズ』シリーズで知られる中島は、かつてネバーランドカンパニーのサウンドチームの一員として、『エナジーブレイカー』や『シャイニング・フォース ネオ』などで明朗にして確固たるメロディセンスを発揮してきた実力派だ。中島はアドベンチャーパートのBGM「Sky Blue Palette」「Interlude」「Challenge Oneself」も担当し、こちらは樋口秀樹のヴァイオリンが軽やかに舞う、爽やかなイージーリスニング曲だ。 『天使の詩』『ワイルドアームズ』シリーズ、『ノーラと刻の工房 霧の森の魔女』のなるけみちこによる「Regaining」は、エレクトリック・ギターが唸る、剛速球のごとき一曲。ヴィジュアルイメージを強く喚起させるアツい楽曲を得意とする彼女らしさ全開であり、本人の楽曲コメントの通り、技名を叫びながら戦う熱血キャラクターの姿が眼前に浮かび上がってくるようなヒロイックな仕上がりだ。西木康智による「Spectrum Seeker」は、ジョー・サンプル「Rainbow Seeker」のオマージュも込められた一曲であり、鮮やかな転調がカタルシスをもたらす。

 『OCTOPATH TRAVELER』で往年のスクウェアの様式美を継承しつつ、新たな風を吹き込んだ壮麗で詩情豊かなシンフォニックサウンドを聴かせる西木の華麗な手さばきもさることながら、革新的ストリングスユニットEMO stringsのリーダーを務める吉田篤貴(ヴァイオリン)、G.O.D.(GUITARISTS ON DEMAND)の超絶技巧派プレイヤー Seku(ギター)、有形ランペイジの今井義頼(ドラムス)の怒濤の演奏にも舌を巻く。

▼【ラクガキキングダム】Spectrum Seeker 【西木康智】

■TGS2019 ラクガキステージ Side ”SOUND”
出演:古代祐三、なるけみちこ、下田祐、下里陽一
2019年9月13日放送
https://youtu.be/kgOJ7vNvJ5k

■【ライブ&トーク】ラクガキキングダム サウンドステージ【ZUNTATA】
出演:石川勝久(ZUNTATA)、下田祐(ZUNTATA)、黒田英明、菊田裕樹、西木康智、古代祐三ほか
2021年4月10日放送
https://youtu.be/UJ1zDdlpptI

■「ラクガキ キングダム」サントラ発売記念のライブ番組をレポート。独占ミニインタビューもお届け
https://www.4gamer.net/games/469/G046912/20210415150/
4Gamer.net:2021年4月19日掲載

『ラクガキ キングダム』は7月に大幅リニューアルを実施する。今後の展開に注目だ。

『ラクガキ キングダム オリジナルサウンドトラック』
ebten:https://ebten.jp/record/p/4988611221402
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/B08WCY5FLW

■糸田 屯(いとだ・とん)
ライター/ゲーム音楽ディガー。執筆参加『ゲーム音楽ディスクガイド Diggin' In The Discs』『ゲーム音楽ディスクガイド2 Diggin' Beyond The Discs』(ele-king books)、『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DU BOOKS)。「ミステリマガジン」(早川書房)にてコラム「ミステリ・ディスク道を往く」連載中。

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