ジェフ・ベゾス、Space Xの「アルテミス計画」をめぐる契約に抗議 現実味を増す民間企業の宇宙開発競争

ジェフ・ベゾス「アルテミス計画」に抗議

 世界の富豪ランキングで1位のAmazon会長ジェフ・ベゾスとテスラCEOのイーロン・マスクは、ともに宇宙開発事業も手がけていることで知られている。この両者が、NASAが威信をかけて推進するプロジェクトをめぐって火花を散らしている。この争いは、新たな市場の主導権をめぐる戦いでもある。

そもそもの原因はNASAの資金不足

 テック系メディア『The Verge』は26日、宇宙船開発企業Blue Originを率いるジェフ・ベゾスが、NASAとイーロン・マスク率いるSpace Xが交わした契約に抗議したことを報じた。NASAとSpace Xが契約したのは、月面開発プロジェクト「アルテミス計画」(この計画の詳細は後述)の月着陸船開発に対する資金提供である。

 アルテミス計画で使われる月着陸船をめぐって、NASAはBlue OriginとSpace Xを含む3社に開発費をすでに提供していた。当初はこの3社のうちから2社の月着陸船を正式契約する予定だったのだが、Space Xだけが採用されて29億ドル(約3,100億円)の開発資金を獲得することになった。Space Xが契約を勝ち取れた理由は、同社が提案する月着陸船のコストと貨物容量が競合他社より優れていたからだ。とは言え、契約企業が当初の2社から1社のみになったのは、NASAの資金不足が原因である。

 NASAがSpace Xとの契約を発表した16日から半月も経過していない26日、Blue Originは政府当局にSpace Xの契約に抗議する175ページにも及ぶ文書を提出した。その文書は「NASAの決定は競争の機会を奪い、(月面開発に関する)供給基盤を著しく狭め、アメリカの月への帰還を遅らせるだけでなく、危険にさらしている」と非難している。

月面開発は序章にすぎない

 Blue OriginがNASAとSpace Xの契約に物言いをつけるのは、29億ドルもの資金提供を不公平に逃したという不満からだろう。しかし、こうした不満を表明するのは、Space Xが勝ち取ったアルテミス計画に関する契約には29億ドル以上の価値があるからとも見れる。

 アルテミス計画の公式サイトによると、同計画はNASAが持続的な月面探査体制を確立して、史上初の女性と有色人種の宇宙飛行士を月面に送るものである。こうした目標を達成するために、同計画には3つのミッションが設定されている。第1のミッションは、航行経路をテストするために2021年中に無人宇宙船を月に送ることだ(下の画像参照)。第2ミッションでは、2022年に有人宇宙船で月に向かう。そして、第3ミッションでは2024年までに有人宇宙船を月面着陸させて、その後は1年に1回程度のペースで月着陸船を送るようになる。

 実のところ、アルテミス計画では月着陸船の定期航行のさらに先も見すえられている。宇宙飛行士が定期的に月面に行けるようになった後は、ロボットと協働して月面探査を続けて火星に向かうための拠点を築くのだ。

 以上のようなアルテミス計画に関する契約をSpace Xが独占的に勝ち取ったのは、月面開発から火星探査におよぶNASAの長期的計画において有利な立場に立ったことを意味する。この立場は、29億ドル以上の価値があるだろう。

宇宙開発に不可欠な「ファクターS」

 Space Xやblue Originといった民間企業が本格参入するようになって新時代を迎えた宇宙開発事業に関して、日本でも新時代に対応した動きがある。そうした動きのひとつとして、内閣府が2020年9月に発表した「宇宙利用の現在と未来に関する懇親会」の報告書がある。有識者が集まって作成された同報告書には、人工衛星を用いた位置情報取得や通信といった現在の宇宙利用の考察に加えて、2040~2050年における宇宙利用も予想されている。

 2040~2050年頃には月面開発は当たり前のこととなり、月面居住空間の建設が始まると予想される。月面開発にあたっては、地球から資材を運搬するのではコストがかかるため、宇宙で生産して宇宙で消費する「宇産宇消」な市場が創出されるだろう。また、宇宙探査用ロボットの開発技術が家庭用ロボットのそれに流用されるような地球と宇宙を循環するカイゼン体制の誕生も期待される。

 宇宙利用に関する報告書では、宇宙開発が当たり前になる過程において言わば起爆剤となる要因「ファクターS」についても論じられている。宇宙開発が進むためには、国民の関心や支持を引き出すようなヒーローやヒロインの存在が不可欠である(下の画像参照)。こうした存在は実在の宇宙飛行士やビジネスリーダーが考えられるほか、映画やアニメで表現される架空の存在であっても構わない。それゆえ、エンタメが宇宙開発で重要な役割を担うかも知れないのだ。

 現在の宇宙開発は、科学的な調査段階を超えてビジネス展開を見すえたものとなっている。2020年代には、民間企業が後世に語り継がれるような偉業をこの分野で達成するかも知れない。

(トップ画像=アルテミス計画公式サイトより)

■吉本幸記
テクノロジー系記事を執筆するフリーライター。VR/AR、AI関連の記事の執筆経験があるほか、テック系企業の動向を考察する記事も執筆している。Twitter:@kohkiyoshi

〈Source〉
https://www.theverge.com/2021/4/26/22404528/nasa-bezo-blue-origin-protest-spacex-contract
https://www.nasa.gov/specials/artemis/#late
https://www.nasa.gov/image-feature/artemis-i-map
https://www8.cao.go.jp/space/use_mtg/final/gaiyou.pdf

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