『サルゲッチュ』が”ちょっと怖い”ワケ:「デュアルショック」のチュートリアルが生んだ狂気の世界
『サルゲッチュ』(PlayStation、1999年)とは、「世界征服を企むサルたちを捕まえ、人類を救う」アクションゲームである(!)。
設定だけ聞くとバカバカしいと思えるかもしれないが、ゲーム史的にみればコントローラーの「新たな操作系」の普及に貢献したという点で、意外と重要な作品である。同作は世界初の「デュアルショック専用ソフト*1」として発売され、「コントローラーの左右に付いたアナログスティックを両方使用する」という操作系をもたらした。
*1 https://twitter.com/piposaru20th/status/1146970967991656448?s=20より。「デュアルショック」とは、初代プレイステーションにて登場した、左右両側にアナログスティックが付いたコントローラー。
もっとも同作は、現代の多くのゲームソフトでみられるような「左スティックでキャラクターを操作し、右スティックでカメラ視点を動かす」といった(ほぼ)画一化された操作系をもたらしたわけではなく、あくまでも「操作に右スティックが不可欠である」という要素を持ち込んだに過ぎない。しかしそれでも、「ゲームアンドウオッチ」(1980年)や「ファミリーコンピュータ」(1983年)が浸透させた「左十字キーでキャラクターを移動させ、右手側のボタンでジャンプやダッシュといったアクションを担当する」という操作系発展させ、「左右のアナログスティックを使い分ける」という発想を生んだ象徴的な作品といえるだろう。
とはいえ、シナリオや世界観に関しては、冒頭で述べたように非常にコミカルなものである。物語は主人公である小学4年生のカケルが、サルたちの誤作動させたタイムマシンに巻き込まれ、タイムスリップを行いながらさまざまな時代の地球を冒険する、という荒唐無稽な展開が突然描写されるところから始まる。
その日カケルは、タイムマシンを開発していたハカセの研究所に訪れていた。ところが研究所は、同じくハカセの開発したピポヘル(被った者の知能を飛躍的に向上させるヘルメット。正式名称は「ピーク・ポイント・ヘルメット」)を被ったサル、通称「ピポサル」たちに襲われていたのだ。サルたちのボスであるスペクターは、タイムマシンを使ってあらゆる歴史にピポサルたちを送り込み、歴史をサルのものにすることによって世界を征服しようとしていた、というのが『サルゲッチュ』のあらすじだ。
「猿が人類に取って代わって地球を支配しようとしている」と聞けばシリアスな作品のようにも思えるが、やはり同作はどこかふざけた雰囲気が全編に渡って漂い続けている。というのもピポサルたちは、スペクターの指示があればコンピューターを操作できたり、(一応)パンツを履いたりという程度の知能は持ち合わせているのだが、基本的には現実世界の猿と大差ない。特に指示がなければ温泉に入ったり、遺跡に落書きをしたりして遊んでいるのである(そのようなかわいらしいピポサルたちがマスコットとして受け入れられるのは同作の魅力だろう)。
加えて、全編が「デュアルショック」のチュートリアルのような構造を取っているため、シナリオに緊張感がない。というのも、作中には「ガチャメカ」と呼ばれる攻略アイテムが登場し、これを右スティックで操作することでプレイヤーは「デュアルショック」の操作系に親しめるようになっている。右スティックを回転させて移動速度を上げる「ダッシュフープ」や、右スティックをパチンコの要領で弾くことで射撃を行う「パチンガ―」など使うことで、プレイヤーは左右のアナログスティックを使用したアクションに習熟するのだ。
しかしこの「右スティックの操作をプレイヤーに体験してもらう」ことを優先するあまり、物語の整合性は完全に放棄されてしまっている。例えばタイムマシンにしても、作中では「ピポサルたちの襲撃によりたまたま作動した」という設定のはずなのに、(なぜか)タイムスリップした先の時代とハカセの研究所の間には通信機能が存在する。加えて、ハカセはカケルがタイムスリップしてたどり着いた土地の地形を(なぜか)把握していて、そこでどのように行動すればピポサルを捕まえられるのかといったことをカケルに的確にアドバイスするのだ。
極めつけは、序盤に発せられるハカセの台詞である。ハカセはタイムスリップに巻き込まれたカケルに対してこんなことを言う。
「さいわいにして キミは、ワシのかいはつしたガチャメカを 2つ もっているはずじゃ。それをつかって にげたサルたちを できるだけ おおく つかまえてきてほしいんじゃ。サルは、ゲットアミという ガチャメカで つかまえることが できる」
ピポサルを捕まえるためにしか存在しないはずの「ゲットアミ」は、なぜかカケルが最初から持っているという設定なのだ(もう一つのガチャメカは「メカボー」という攻撃用のアイテム)。
もっともこのような破綻したシナリオは、むしろ(ある程度は意図的であろう)ギャグとして機能していて、そのことが『サルゲッチュ』のコミカルな世界観を表現してもいるだろう。
ところが、このようなバカバカしい世界観にもかかわらず、どういうわけか一定数のプレイヤーには「ちょっと怖い」と思わせてしまうのが本作の不思議なところだ。