動画世代が考える「翻訳」のいま 趣味で翻訳を行うファンが語る、“ファンtoファン”でできること

 今日、世界中のファンが、好きな海外アーティストのコンテンツを翻訳することに惜しみない労力を費やしている。特に、SNSを上手に駆使し、海外でも成功を収めているようなアーティストは、世界中に彼ら/彼女らの言葉を母国語に訳して拡散したいファンダム(アニメ、スポーツ、映画、音楽などの分野の熱心なファンたち、またはファンの世界や文化)が存在する。その献身力が周りを巻き込み、より簡単にアーティストの良さにリーチできるような仕組みを創造し、一つの“現象”となって世界を驚かせている。

 「翻訳」というファンダムをいかに合法的に味方につけるかというのは、グローバルな市場展開を図る上で重要性が増している。ちょうど今年の9月に終了してしまったのだが、YouTubeには『視聴者翻訳依頼機能』というものがあり、動画投稿者が設定をオンにした言語は、視聴者が翻訳を付けることができるというものであった。また、K-POPアイドルの動画サービス・VLIVEには、『V Fansubs』というサービスがあり、これも同じく“視聴者が字幕をつけられる”というものだ。サービス側が日々公開される動画のすべてに翻訳をつけるのは現実的でなく、投稿者も多言語に対応することは難しい。そこで、視聴者に翻訳を任せる、というのは、現時点で最も効率的な手段のひとつだと考えられる(なお、YouTubeの「視聴者翻訳依頼機能」が終了してしまったことについては後半で触れている)。

 それでは、無償で翻訳を手掛けているファンは、何を考え、何をモチベーションにその手間をかけているのだろうか。今回は、筆者の友人で、大学に入学したもののコロナの影響でキャンパスに通えなくなり、余暇を使って推しのK-POPアイドルグループがYouTubeとVLIVEにあげた動画の文字起こしをしていたユーザーに、ファンの翻訳事情についてさまざまに語ってもらった。どんなファンが動画の翻訳をしているのかが気になるアーティスト/マネジメントや、日々彼女のような翻訳者のおかげでコンテンツを楽しめているファンたちにとって、貴重な本音になるのではないだろうか。

--まず、お金にならないのに動画の翻訳をしようと思った理由は?

 「韓国語の勉強の教材を買うよりも、ネットでタダでできる有効な教材だと思ったから。それに、韓国語がわからないと推しのかわいさが100%伝わらないのはもったいないと思った。それがわかるようになった今、私も推しの役に立てるんじゃないかな、と。私はこう解釈したよ、という他の方への助けになればいいと思った」

--字幕をつけるのにはどれくらいの時間と労力がかかるのか。

 「ひとりの放送で、あまり喋らないライブ(アーティストによる生配信動画のアーカイブ映像のことを指している)だと、今誰が喋ってるかを書かなくていいし、VLIVE内のバラエティ番組みたいな字幕もないから簡単に訳せて、30分の動画を1時間ちょっとくらい。反対に、複数人でのライブは時間がかかる。バラエティ番組も、本人たちの発言だけじゃなくて字幕も訳さなきゃいけないから余計にかかる。複数人のバラエティ20分であれば大体4時間くらいになったりする」

--YouTubeとVLIVE、それぞれ翻訳をつけて載せるまでの工程を教えてほしい。

 「まず、翻訳をつけるボタンを押す。すでに他言語で翻訳がついてる場合は、それが指標になってくれるから、言葉を発するタイミングと付ける字幕を調節する必要がなくてありがたい。韓国語を聞きながら、聞き取れないところは韓国語の字幕を見ながら翻訳をつけていく。場合によっては英語の字幕も確認し、言葉のニュアンスが正しく伝わるか検討する。あと、話者の名前、字幕は字幕だと明確にするためにカッコをつけることもある。VLIVEの場合は、完了を押したら自動的に送られて、しばらくしたら会社が承認、それで字幕がつくという流れ。昔のYouTubeの場合は、第三者による二重承認が必要。あと、YouTubeで翻訳をしたことがあったら、『関連する動画』欄に二重承認待ちの動画が出てきて、承認ができるようにもなってた。承認は、字幕を確認して承認ボタンを押せば終わりだったけれど、今はできない」

 過去の制度の説明になるが、YouTubeの『視聴者翻訳依頼機能』は自分のつけた翻訳を公式の動画の字幕として採用してもらえるだけでなく、誰かが付けてまだ承認されていない動画の承認に協力することもできた。承認待ちのコンテンツをチェックして、問題がなければ「問題なし」を押すことで、この言語に疎い投稿者の場合は安心して掲載できるという仕組みであった。実際には、第三者の承認後、自動的に正式に承認されるか、動画の投稿者も確認・承認して掲載されるかは翻訳者からは操作できないようになっていた。

--字幕を付ける前に韓国語の能力はどれくらいあったか。また、どんなコンテンツを通して語学力をつけたか

 「もともとの韓国語能力は簡単な日常会話が可能なくらいだった。いまは、文法的な間違えを考慮しなければ、自分の伝えたいことを、簡単な単語に置き換えながら8割くらい伝えることができると思う。ただ、韓国人と話す機会がないのでなんとも言えないけれど。

 新聞や論文みたいな文章は苦手で、読むのと書くのには時間がかかるが、聞く能力、話す能力は英語よりも高いと思う。大学の韓国語中級の授業がつまらない、既に知っていることばかりだと感じてしまう。最近は、WayVという中国人のアイドルが好きで、メンバーが中国語を話しているVLIVEの動画は、英語字幕じゃなくて韓国語字幕で見ている」

 ちなみに彼女は、中学まではOne Direction(1D)のHarry Styles一筋であった。1Dの影響で英語を勉強するようになり、高校は英語の強いところに入学。授業で英語の本や新聞を読む機会が増えたのだが、入学後、高校1年の時に友人の影響で防弾少年団(BTS)のファンに。それからは、1Dが活動休止してソロ活動を続けるHarryを追いかけながらも、BTSの曲や動画を通して、韓国語も勉強するようになったそうだ。

--高校の第二外国語では韓国語を選択していなかったが、実際にどういう風に韓国語を覚えていったのか

 「韓国語の勉強のやり方については、まず最初にハングル文字を覚えた。そこからYouTubeやSpotifyでK-POPアーティストの曲を聴きながら歌詞を確認したり、歌詞を携帯のメモに残して訳してみたり、一緒に歌ったり、あと覚えた歌詞は落書き的なノリで端っこに書いたり。最初に書けるようになった単語は이사(引越し)だった。バンタン(BTSの日韓での略称)の曲で「이사」ていうのがあって、パッチム(※ハングルの特徴的な“終声”。外国人には発音が難しいとされる)もなくて、授業中にぱっと浮かんで初めて書けた単語だった。

 あとは、SNSで韓国語の投稿を読みあげてみる、日常的にハングルに触れるようにする、とか。VLIVEとか向こうのバラエティで話す言葉を聞いて真似する、簡単なものからどんどん覚えてどんどん使う。ここら辺から独り言は全部韓国語だった。わからない表現はその都度ネットで調べた。『슈퍼맨이 돌아왔다(スーパーマンが帰ってきた)』という韓国のバラエティ番組にハマってからは、そこに出てくるベントリーという子が好きすぎて、気づいたらベントリーのセリフをほぼ全て覚えていた」

 『スーパーマンが〜』は韓国の長寿番組。この番組に登場するオーストラリア人の父と韓国人の母を持つベントリーは、まだ幼く簡単な韓国語を話すので、可愛くて覚えやすいのだという。また、ベントリーが成長するに連れていろんな韓国語が話せるようになっていくので、彼女もベントリーにつられて韓国語を覚えていったそう。

--字幕を付けるときのコツは?

 「翻訳は暴力だ」という話を読んだことがある。花を摘んで違う土地にきれい生けることはできても、根は断たれてしまう、と。だから、なるべく大げさに意訳しないようにしている。特に、歌詞和訳は音に合わせるために歌詞に制約が生まれて、直訳だと意味が通じないことが多いので意訳は避けられないが、日常的な会話では意訳はそこまで必要ないし、日本語と韓国語では文法も表現も同じことが多いから、なるべくそのまま訳すようにする。

 細かい言葉のニュアンス、語尾表現などは全部翻訳に残したい。ベントリーの舌ったらずとか、バンタンのときどき出ちゃう方言とか。韓国語と日本語は本当に似ていて、唯一、かなり原文に近いまま自然に訳すことができる言語じゃないかと思う。だからヒョン、オンニ、オッパ、ヌナ、ポッポとか、日本語に直訳できない場合はそのまま書くこともある。ここら辺は、韓国アーティストを応援するなら暗黙の了解として知っておくべき単語だと思う」

 韓国は日本よりも年齢を大事にする文化が根付いているため、1個でも学年が上だと「友達(チング)」と呼ぶことができない。そこで、グループ内でも基本的には年上のメンバーには敬語を使い、男性が年上の男性を、女性が年上の女性を呼ぶときには、日本よりもナチュラルな調子で「ヒョン(お兄さん)」、「オンニ(お姉さん)」という言葉を使う。また、女性が年上の男性を呼ぶときは「オッパ」、男性が年上の女性を呼ぶときに「ヌナ」を用いる。「ポッポ」は、キスよりも少し軽く、可愛らしい意味合いを持ったキスを指す表現で、「愛」に対する「恋」と似ているだろう。ファンにはこうして、無意識のうちに異なる文化を理解していき、それを面白がったり、可愛がったりする力があるようだ。

 「ただ、韓国語の敬語は日本語よりも使用頻度が高くて、直訳しすぎると文に違和感が出るときもあるから、敬語はその都度、文脈に合わせて訳す。韓国語の冗談やからかいに“似た発音で別の意味の言葉を言って笑う”というのがよくあるのだが、その場合は日本人にわかりやすく注釈をつけたりもする」

--翻訳について気をつけていること、気をつけてほしいことは?

 「翻訳がいつも正しいと思わず、言語はその言語自体でしか完璧に理解できないものであることを忘れないで見てほしい。プロの翻訳者が翻訳をしたとしても、それは翻訳に過ぎなくて、原文のニュアンスを100%正確に伝えるものではない。あくまでも翻訳は原文を原文として理解するまでの一時的な助け舟として使ってほしい」

 彼女はそもそも言語学に興味があったため、ここまでの熱を持って勉強でき、習得できた部分もあるのだろう。「翻訳は暴力である」というのは翻訳について調べているときに彼女がネットで見つけた言葉で、彼女の中でモットーになっているという。この言葉には異論を呈する人も多いが、“翻訳を趣味にしているファン”として、こうした心構えで翻訳を行っていることには、意識の高さを感じる。

--これからどうなってほしいか、他に翻訳したいコンテンツはあるのか

 「絶対シュドル(「スーパーマンが〜」)のウィルベン(という子が出演している)回をすべて訳したい。でも以前なら、動画を公式にYouTubeにアップしているKBS(韓国のテレビ局)が許可を出してくれるかどうかの問題だったけれど、今はそうじゃない」

 先ほど少しだけ触れたが、YouTubeの視聴者が動画の訳を付けられる機能『視聴者翻訳依頼機能』が、今年の9月に終了してしまった。翻訳機能の利用者数が少なく、悪用がいくつか報告されたためにサービスを終了するとのことであったが、翻訳機能を頼りにしていた人の方がよっぽど多いはずだ、代替策はなかったのか、とネットでも異議を唱える人が多い。このことについて、実際にサービス利用者だった彼女にも意見を聞いてみた。

 「YouTubeの翻訳機能がなくなったのは本当に悲しい。復活してほしいし、実際にどんな悪用があったのかが気になる。それに、健全に使用していた人の方がはるかに多いはず。何より、字幕機能が利用できないと、その動画をコピーして字幕をつけて、翻訳者自身のチャンネルで発信する人が急増するだろうけれど、どっちの方が健全かなと思う」

 確かに、YouTubeの『視聴者翻訳依頼機能』の停止は、無断転載動画の増加に繋がる可能性が高い。字幕をつけられないなら自分で編集してアップしよう、と考えるファンはたくさんいるからだ。YouTubeのいたずら対策として廃止された機能ではあるが、動画の翻訳を可能にするかどうかは動画投稿者が判断できるものであった。『V fansubs』のように、翻訳の承認をすべて動画投稿者が自ら行うようにすれば、まず悪質な利用は防ぐことができたのではないだろうか。

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