『The VOCALOID Collection -2020 winter-』特集(Vol.1)

八王子P×柴 那典対談 “重要楽曲”から考えるボカロ史

 12月11日から13日までの3日間、ボーカロイド文化の祭典『The VOCALOID Collection -2020 winter-』が開催される。“ボカロ”というカルチャーが大きく花開いたプラットフォーム=ニコニコ動画をはじめ、ネット会場/リアル会場を問わず、すべてのクリエイターとユーザー&リスナーを巻き込む3日間。その開催を前に、“2009年組”のレジェンドとしていまもシーンを牽引する八王子Pと、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』の著者で、シーンを深く分析してきた音楽ジャーナリスト・柴 那典氏による特別対談をお送りする。

 今回二人には、「ボーカロイド史を語る上で欠かせない10曲」をそれぞれピックアップしてもらった。黎明期の名曲から、広く音楽シーンを賑わせる才能が花開いた人気曲まで、ボカロファンにとって贅沢なプレイリストをもとに、その歴史を振り返っていくーー。(編集部)

八王子Pのプレイリスト

ika「みくみくにしてあげる♪」(2007年)
ryo(supercell)「メルト」(2007年)
livetune「ストロボナイツ」(2008年)
ゆよゆっぺ「ALONE」(2009年)
DECO*27「モザイクロール」(2010年)
ハチ「マトリョシカ」(2010年)
じん(自然の敵P)「カゲロウデイズ」(2011年)
黒うさP「千本桜」(2011年)
livetune「tell your world」(2011年)
ハチ「砂の惑星」(2017年)

柴 那典のプレイリスト

OSTER project「恋スルVOC@LOID」(2007年)
ryo(supercell)「メルト」(2007年)
八王子P「エレクトリック・ラブ」(2009年)
wowaka(現実逃避P)「ワールズエンド・ダンスホール」(2010年)
ハチ「マトリョシカ」(2010年)
黒うさP「千本桜」(2011年)
じん(自然の敵P)「カゲロウデイズ」(2011年)
livetune「tell your world」(2011年)
バルーン「シャルル」(2016年)
Ayase「ラストリゾート」(2019年)

2007年 アマチュアクリエイターの無邪気な遊びの場が誕生

八王子P(左)と柴那典(右)

――まずは初期の曲から振り返っていきましょう。八王子Pさんは初音ミクのデビューイヤー、2007年に投稿された「みくみくにしてあげる♪」(ika)をリストに挙げていますね。

八王子P:単純にインパクトがすごかったですよね。ボーカロイド文化の第一歩というか、オープニング的な1曲だと思い選曲しました。

――ミクのキャラクター性が端的に表現された1曲でもあります。

八王子P:この頃って、ミクのことを歌った、ミクのキャラソンみたいなのが多かったですね。

――むしろ、同年に発表されたryoさんの「メルト」の方が珍しいというか、王道でクオリティの高いポップソングの登場に驚きがありました。

八王子P:はい、次に時代が動いたのがまさに「メルト」だと思います。当時リアルタイムで聴いていた人間からすると、衝撃的な1曲でしたね。“ミクが普通の曲を歌ってる!”って(笑)。すごくクオリティも高いですし、歌詞の世界観もあるし、「歌ってみた」という二次創作のカルチャーも発展していくなど、ここがターニングポイントだったと感じます。

柴:2007年8月31日が初音ミクのソフトの発売日で、「メルト」は12月7日なんですよね。この4ヶ月間は、カンブリア紀の大爆発のような、クリエイティブの爆発が起こった期間でした。ニコニコ動画がスタートしたことも含めて、いろんな環境が2007年の夏に揃って、そこで一気にパッと花開いたところに「みくみくにしてあげる♪」が発表されて。僕が選んだ「恋スルVOC@LOID」もそうですが、当時はパソコンの中に電子の歌姫の初音ミクが来てくれたっていう、“会えた喜び”をそのまま曲にしたものが多かったですね。

初音ミク が オリジナル曲を歌ってくれたよ「メルト」

――新しいカルチャーに出会えたことの純粋な喜びですね。この時期は、全体的にキラキラした楽曲が多い印象です。

柴:1番無邪気な曲が多いのは、2007年の8月から12月ですかね。

八王子P:この時期は、まだプロがいなかった、というのも大きいと思います。全員アマチュアで、音楽で食べている人なんてほぼいないなかで、本当にみんな好きなことだけやっていたというか。新しく登場した表現形態だから作る曲、表現も全部新しくて、もうやってる本人たちも楽しいし、周りからはキラキラして見えただろうなと。

2008〜2009年 ランキングシステムでクリエイターたちに競争心が芽生える

――楽曲のラインナップを見ても、2008年でタームががらっと変わっているように感じます。

柴:2008年になると、アマチュアクリエイターの無邪気な遊び場でもありつつ、プロに匹敵するクリエイターがどんどん出てくる。そのきっかけになったのが「メルト」だと思います。ニコニコ動画のマイリスト登録ランキングの上位を「メルト」やその「歌ってみた」が独占した“メルトショック”が印象的ですが、こうして振り返ってみると、ランキングの存在は大きかったですね。人気が可視化されたことで、競い合いの場にもなっていった気がします。

八王子P:2008年くらいから、ボカロPはみんなランキングや再生数を意識していたと思います。「歌ってみた」も定着しつつあって、ボカロが好きな層と「歌ってみた」が好きな層は結構ばちばちしていたり……(苦笑)。いずれにしても、二次創作を絡めていけば、相乗効果で伸びるんじゃないか、というのも戦略の1つとしてあったでしょうね。ただ、2008年くらいだとそこまで考えて立ち回ってる人はまだ少なかったです。まずは好きな曲から、やりたいことをやってました。

――「こうすれば当たる」みたいなセオリーもなかったですしね。

柴:その通りで、戦略とかが出てくるのはまだ先です。ただ1つポイントとして挙げるなら、ボカロPの存在が可視化されたというのは大きいと思います。

八王子P:たしかに曲が1人歩きするというよりは、このクリエイターだから聴く、というような、初音ミクの向こう側にいる人まで意識するようになった時期かもしれません。

――八王子Pさんは影響を受けた楽曲に「ストロボナイツ」(livetune)を挙げていますね。

八王子P:ボカロを始めたきっかけがkz(livetune)さんの「Packaged」で、当時めちゃくちゃ聴いてたのが「ストロボナイツ」でした。僕らの世代って、ボカロに影響を受けてボカロ曲を作ってないんですよ。当時は中田(ヤスタカ)さんのCAPSULE(当時はcapsule)がJ-POPシーンで大きくハネたり、ダンスミュージックが盛り上がった年ですし、僕自身も音楽性に関しては、ボカロ曲以外のルーツを持っていたわけですから。そんな中でシンプルに好きだったのが「ストロボナイツ」でした。

柴:僕もボカロのニュースなどはチェックはしていたものの、自分の音楽の興味とは別のものとして捉えていました。しかし、海外の音楽シーンでJusticeやKitsune Maison発のアーティストが頭角を現すなかで、それと同時代的なセンスを持ったかっこいいエレクトロサウンドを鳴らしていたのがkzさんだった。2008年時点のボカロシーンで、そういった海外の音楽と同時代性を感じたのはkzさんだけだった、とも言えますね。

八王子P:僕にとっては「ボカロでここまでできるんだ」と思わせてもらった一曲でした。これを聴いて、いつかはボカロ曲を作ってみたいなと思うきっかけになったのがkzさんなんです。僕みたいにダンスミュージック系だと、kzさんに憧れて曲を作り始めた人は多いですし、ロックシーンのボカロPだと、bakerさんの「celluloid」がきっかけの人も多いですね。

――2009年になると、八王子Pさんの「エレクトリック・ラブ」が登場します。

柴:八王子Pさんが出てきたことで、kzさんが切り拓いたダンスミュージックシーンとのリンクがさらに押し進められました。2009年って、その後のシーンにおけるレジェンドが一気に出てきた年で、その中でも八王子Pさんはとても重要な方だと思っています。

【初音ミク】エレクトリック・ラブ【オリジナル】

八王子P:今思うと、いろいろタイミングが良かったです。この頃って、ryoさんやkzさんたちが、メジャーシーンに足を踏み入れる時期なんですよ。ボカロファンが寂しがっていた時期に、僕がちょうど空いた穴にうまく入れたんです。その当時ってボーカロイドのクラブイベントが結構多くて、kzさんが出ていたところに、全部自分が入るみたいな感じで、月2〜3回くらいイベントに出ていました。

――『電刃/DENPA!!!』をはじめとしたMOGRA周りのイベントですよね。それがなかったら、ボカロの1つの柱ともいうべきジャンルが確立していなかったと考えると、すごいことだと思います。

八王子P:当時からクラブシーンとの親和性は高かったと思います。僕は、ミクに1番合うサウンドってダンスミュージックや打ち込みのサウンドだと思っているので、そこにはこだわり続けていきたいです。

――柴さんは、この年に出てきたwowaka(ヒトリエ)さんやハチ(米津玄師)さんなど、レジェンドたちの曲を挙げています。

柴:2008年から2009年にryo(supercell)さんとkzさんがメジャーシーンへ踏み込んだ過程を見ているからか、この年に頭角を現したクリエイターは、野心をもった方が多くて。その代表格がwowakaさんとハチさんでした。その後のロックシーン、J-POPシーンに多大な影響を与える人が、まずはボカロシーンに発見された、というのは大きかったですね。

八王子P:2009年組にはそういうハングリーさを持っている人が多いかもしれません。僕も運良く「エレクトリック・ラブ」がヒットしたので、2作目以降かなり研究して。アップする時間まで計算していたのを覚えています。

――八王子Pさんは、2009年の曲としてゆよゆっぺさんの「ALONE」を挙げています。

八王子P:「エレクトリック・ラブ」と同じ日にアップされていて、僕の中では1番思い入れが強い曲です。ボカロPの中でもゆっぺ君は1番仲がいいですし、一緒にラジオをやったりもしたので、同志のような感覚もあって。

柴:ゆよゆっぺさんも、BABYMETALの「KARATE」を手掛けたりとボカロPとしてだけで終わらないキャリアがあるわけなので、野心やガッツがあるクリエイターという広い意味で“2009年組”かもしれません。

八王子P:たしかにそうですね。この時は、みんなランキングを気にしてました。僕はその競ってる感じが心地よくて、上位を目指して頑張るのが楽しかったです。

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