Spotify CEOの“炎上発言”から考える、アーティストとビジネスパーソンの「異なる思想」

 意識のズレという意味では、Daniel Ekの頭の中には”大量生産”とはまではいわないが、“アーティスト=多作できる”という考えが少なくともあるのではないだろうか。その考えの根拠には現在のヒットチャート上位を獲得するような人気曲の多くがコーライティングやタイプビートから生まれているものであり、3〜4年の月日をかけて丹念に1人のアーティストが作り上げるような作品ではないことも影響を与えているはずだ。

 そしてSpotify自体も、音楽クリエイター向けマーケットプレイスであるSoundBetterを買収し、自社のSpotify for Artists機能にそれを組み込んでおり、実際に曲作りのワークフローや分業による音楽ビジネスにおけるマネタイズのゲームチェンジに関わる事業に取り組んでいる。そういったイノベーションを活用するというテック企業らしい思想と、今回の発言に対してZora Jonesから寄せられた「億万長者のダニエル・エクが音楽や、どんな芸術も作ったことがないことは火を見るよりも明らかです。彼は、商品と芸術の違いを理解することを拒否しています。そのために、文化的成長の可能性は損なわれることになるでしょう」という批判(現在は削除)は、明らかにその音楽に対する見方のズレを物語っているように思える。

 Spotifyは、2018年の上場時に「100万人のアーティストが芸術で生活できるよう支援する」ことをミッションに掲げており、今回の財政報告でも、Spotifyは「トップ層」のアーティスト(再生数の上位10%を占めるアーティスト)が、1年前の3万組から増加。4万3千組を超え、「トップ40の時代は終わりを告げ、今は、トップ43000の時代となった」と主張している(収入面では、Spotifyに限らずストリーミングによって海賊盤流通が減少したという事実も、アーティストたちにとってはプラス要素だ)。

 このことからDaniel Ek、ひいてはSpotifyは決してアーティストをないがしろにしているわけではないが、アーティストたち、とりわけこれまで”長期にわたる作品制作、リリース、長期にわたるリリースツアー”のループに時間を割いてきた者にとっては、いくら収入のためとはいえ、単なる合理化を指図すると取れるような発言に、抵抗があったことは間違いないだろう。

 このように”アーティスト”と”ビジネスパーソン”というお互いの思想の違いが、今回の物議を醸した騒動の裏にはあるはずだ。とはいえ、音楽ビジネスに関わる限り、アーティストはストリーミングの存在を軽視できないし、プラットフォーマーが、その根幹を支えるアーティストに対し、ある種“構造的な権力”から自らの意に従わせようとしているように受けとられる発言はするべきではないと筆者は考える。

 しかし、音楽ビジネスは以前と比べ、現在は流通の方法が多様化し、選択可能性が高まっている。そのことを受けて、アーティストは自分たちの状況を冷静に分析しながら、例えば、ストリーミングは自分たちの認知のために使う、bandcampは自分たちが提示する価値に見合ったものに賛同してくれるファンに向けて使うといったように、自身が優位に立てるプラットフォームを適切に使い分けていくことも、より意識していかなければならないはずだ(もちろん、その過程と並行してサービス側もよりアーティストに寄り添う姿勢を見せてくれるに越したことはないが……)。

 その意味で、今回のような思想上の対立は、今後も少なからず起こると思う。だが、いずれの事態も“時代の転換期”だと考え、それぞれの問題に向き合いながら、お互いの距離を縮めていくことが重要で、それがアーティストや企業自身、ひいては音楽ファンのためになるのではないだろうか。

(画像=Piqselsより)

■Jun Fukunaga
音楽、映画を中心にフードや生活雑貨まで幅広く執筆する雑食性フリーランスライター。DJと音楽制作も少々。
Twitter:@LadyCitizen69

〈Source〉
https://www.musically.jp/news-articles/spotify-ceo-talks-covid-19-artist-incomes-and-podcasting-interview
https://www.digitalmusicnews.com/2018/12/25/streaming-music-services-pay-2019/
https://www.vice.com/en_us/article/k7qqw3/spotify-tip-jar-donations-fair-pay-royalties-musicians

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