連載:音楽機材とテクノロジー(第三回)今井了介

プロデューサー・今井了介が国内外にスタジオを展開する理由 「時代はもう一度立ち戻っている」

「『ー万回Zoomするより、ー回飯食え』みたいな(笑)」

ーー現在はスタジオを国内外に構えていますが、それぞれのコンセプトを教えてください。

今井:ー番最初に作ったのは表参道のスタジオなんですが、ここが出来る前は、外のスタジオで「1スタ2スタ3スタ、全部今井さんです」みたいな仕事の仕方をしていたり……。携帯に繋がらなさすぎて、スタジオに「今井さんいますか?」って問い合わせが来たりしていましたね。ー番上のスタジオでミックスをしていて、その下のスタジオでは別の歌録りをしていて、地下のスタジオでは自分が打ち込みをしている、なんてザラでしたから。それだけ色んなスタジオを仕事で使っていると、「煙草臭くて嫌だ」とか「スタジオ自体は良いのに、エアコンがうるさい」とか「単純にインテリアが嫌い」とか、色んな不満が出てくるー方で「こんなスタジオがあればいいのに」という気持ちが強くなってきて、「自分が自分のために作るスタジオ」として、表参道のスタジオを立ち上げたんです。ただ、ここだとインディーズのアーティストや若手作家が曲作りのためにセッションをする、といった使い方はできなくて。幡ヶ谷にプロジェクションスタジオとして『nano Studio』を作りました。

ーーその幡ヶ谷のスタジオが先日、中目黒に移転したんですね。

今井:そうです。ここだと、インディーズや若手のアーティスト・作家がセッションから本チャンを録るところまでできるので、育成やサポートという意味ではかなり大きな拠点になるなと考えたんです。

ーーでは、海外のスタジオについてはどうでしょう。

今井:L.A.のスタジオは、自分たちがこれだけ海外の色んな音楽にインスパイアされてきたなかで、海外でもしっかり自分たちのヒットを生み出したい、という“次の夢”のために作った拠点です。一方、シンガポールにあるスタジオは、アジアのエンタメの核になっていく東南アジアにおいて、タイやマレーシア、ベトナムって、エンタメが盛んなうえに若者の人口分布もすごいので、ユースカルチャー=メインストリームなんですよ。そんななかで、J-POPやK-POPといった音楽を武器に飛びこんていくプロデューサーや作曲家のトレーニングや作曲の拠点として使う場所にしようと考えて作りました。

ーー機材は持ち運びを重視して、どんどんコンパクトに効率化されていくー方で、スタジオを建てるーーその土地に根付くというある種真逆のベクトルへ向かっているのが面白いなと思いました。

今井:いまって、ZoomやSlackといったツールを使えば連絡は簡単に取れますし、ZoomとGoogleドキュメントを同時に立ち上げて、セッションから曲・歌詞のコライトまでリアルタイムにコミュニケーションを取れる時代じゃないですか。打ち合わせもZoomで30分ごとに区切って終わらせて、ガンガンタスクを消化していける。でも、リアルで会って肉声を聞いたり、どんな顔色をしているのか知ったりすることの大事さも同時に感じるようになったんです。

ーー時代はそこに回帰し始めていますよね。

今井:そう、もうー回立ち戻っている感覚になりました。日本では「百聞はー見に如かず」ということわざがありますが、中国にも「百回会うよりー回飯を食え」という言い伝えがあるんです。その2つを掛け合わせて、いま風に言うなら「ー万回Zoomするより、ー回飯食え」みたいな(笑)。それくらい、直接会って食事をして、必要なアジェンダ以外の余計な話をいっぱいするからこそ生まれるものもあると感じることが多いです。

 この本を書く前まで、音楽に対してオリエンテッドな気持ちーーどれだけ音楽のことだけを考えていられるんだろうと思っていたんですが、書籍のプロジェクトがスタートして、音楽業界以外の方とお会いすることが多くなってくると、新しい発見や出会いが非常に楽しいと思えるようになって。改めて、これまでの音楽業界がレコード会社、事務所、アーティストの三者だけで成り立ってしまっていたんだなということも反省しつつ、今の音楽業界だからこそ、色んな人たちと手を組んだり、会ったりすることができるという面白さも感じたので、それを少しでも音楽へ還元できるように頑張ります。

(取材・文=中村拓海)

※初出時、「Splice」の綴りに誤りがございました。お詫びして訂正いたします。

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