連載:音楽機材とテクノロジー(第三回)今井了介

プロデューサー・今井了介が国内外にスタジオを展開する理由 「時代はもう一度立ち戻っている」

「自分で弾くよりも、オーディオを弄ってるのが好き」

ーーどういうきっかけがあって、そこまでストイックにコンパクト化していったのでしょうか。

今井:2004年に表参道のスタジオができて、当時は僕以外ほとんどスタジオを使わなかったから、家の機材がどんどん減っていったんです。その当時はMacが『PowerBook G4』の時代で、CPU的にはかなりWindowsよりも非力な時期で……。とはいえ、WindowsのノートブックにインストールしたPro ToolsのMIDIもあまり使えたものじゃなくて。スタジオにMacを持ち込んで、「せっかくこれだけ音が良い環境で聴けるなら、自分がジャッジできさえすれば、ソフトシンセのみで、Mac内打ち込みだけでも全く問題ないだろう」と考え、余分な機材を全て使わないようにしてみたんです。それがうまくいって、今の環境に移行し始めたんですよ。当時、プロジェクトごとにシンセを全部パラアウトして、自分の家のコンソールにMIDIも立ち上げていて、1日に70〜80本のケーブルを抜き差しして、という生活にも疲れ果てていたので(笑)。

ーー人によってはそれをロマンと感じる人もいますが……。

今井:10年近くやったんで、ロマンもなくなってきましたよ。あと、真面目な話をすると、抜き差しが多くなることでプラグが劣化したり、端子が埋もれたりというトラブルも尽きないですし、何かあったときの原因探しも大変なんです。

ーー当時のことを考えると、ラップトップー台への移行を進めるというのは、かなり早かったんじゃないですか?

今井:商用スタジオにもまだPro Toolsが導入されていない頃から個人でProToolsを導入していたこともあり、アシスタントさんにサビ全パートのコピペをお願いすると、昼食を食べて歓談して「終わった?」と聞いても「あと3分の1ぐらいです!」という受け答えをするくらい、コピペが大変な時代だったわけです。そんなときに「僕の方のPro Toolsに流し込んでください」と言って、タイムコードでSyncして、録った1番を2番と3番に貼って、5秒くらいでコピペが終わるのを見て、「何が起きたんですか今!?」と驚かれることもありました(笑)。ピッチ直しも、世界の中でかなり早めから取り入れていた方だと思いますし。当時はAuto-Tuneがなかったので、PurePitchというソフトを使って、自分でグラフィカルに書き込んでいましたね。

ーー知らない人からすれば、魔法みたいなものですよね。

今井:そうですね(笑)。こうやって遡っていくと、テクノロジーの部分にすごく助けられたキャリアだし、それを面白がってもらえる先輩方や仕事相手に恵まれたんだなと思います。

ーー「スタジオがあることで、最終的な音の調整やエンジニアリングはしっかりできる」とお話しいただきましたが、モニター環境についてはどのように変化しましたか?

今井:スタジオを作るにあたって最初に導入を決めたのは、D.O.Iさんから勧められた、ムジーク(musikelectronic geithain)のモニタースピーカー『RL901K』でした。色々聴いたんですけど、同軸でー番位相が良くて。ただ、モニター環境に関しては移動時がー番困るんです。

ーー基本的にはコンパクトなスピーカーか、ヘッドフォンチェックになりますよね。

今井:色々試してみたんですけど、最終的にはヘッドフォンではなく、イヤモニにたどり着いたんですよ。「今すぐミックスチェックをお願いします」みたいな時も多いですし、その場所がフェスやイベント会場だったりすると、周りがうるさくてチェックできないわけです。とはいえノイズキャンセリングヘッドホンを使っても、それなりに癖が強いですし、音の出る・出ない帯域を考えると難しいんです。なので、自分の耳の肩に合わせてしっかり作ってくれる、須山補聴器さん(FitEar)のオーダーメイドのイヤモニになりました。

ーーまたしても驚きました。

今井:もちろん、いつも着けているわけではなく、家にはスピーカーがないので、SHUREの『SRH1540』で聴いているんです。あと、ラジカセチェック的な聴き方をするときは、Appleの純正ヘッドホンやMacBookのスピーカーでチェックします。

ーーコンパクトに研ぎ澄まされていった制作環境のなかで、今井さんにとって欠かせないものとは?

今井:難しいところですね(笑)。ソフトでもないのですが、Splice(月額制のサンプル音源サービス)の音源を、いかにSpliceっぽくなくするか、ということを日々やっているんですよ。

ーー詳しく聞かせてください。

今井:僕自身、HIP-HOPのトラックが好きで打ち込みを始めた人なので、自分で弾くよりも、オーディオを弄ってるのが好きなんです。とはいえ、他人の著作権を侵害してはいけないので、申請すべきものは申請しつつ、Spliceのようなサービスを使って、フィーリングで音源を決めて、それを切り刻んだり自由に弄ってみて、作曲・編曲のアイデアを思いつくことが多いんです。

ーーコンポーズというより、トラックメイク・アレンジメントの領域における実験を、Spliceの音源で日々行っていると。

今井:SP1200などを使ってた頃って、古いレコードやCDをずっと回して「キックあったかも!」と録ってみたり、そこにボーカルリバーブが少しでも乗っかっていると使えなかったりして、丸ー日スタジオに入って20万円使って、「キック見つかんなかったね……」なんてことがザラだったわけです(笑)。でも、そうやって作り上げた絶妙なレイヤーが自分のなかにはあるわけで。DOUBLEさんの「SHAKE」も、リズムマシンやリズムボックスのような音源をー切使っていなくて、キック・スネア・ハイハットなどを、全部別々のレコードやブレイクビーツから、ワンショットごとに集めてきて作った“自分だけのドラムキット”なんですよ。

ーーそんな裏話が……。

今井:僕はHIPHOPトラックの制作手法が好きなんですが、DJ Premierみたいな技巧的なものは別として、当時の「サンプラーやターンテーブルの限界でキーは合わないけど、テンポが合えば乗っけちゃえ」という不協和音をそのまま使ったトラックは、時には格好良いと思いつつ、気持ち良いとは感じない曲も多かった。だから、自分で作るトラックは、音楽的な整合性があるものになるんです。そういうサンプルベースの打ち込みだったから、インストから歌モノに移行していけたとも思いますし。実質、Spliceは巨大サンプラーがオンラインにあるようなものじゃないですか。それをKONTAKTで鍵盤に当て嵌めることもありますし、画面上でピッチを弄ったり切り刻み倒したりして。ある種、ハワイみたいなものかもしれないですね。

ーーハワイ、ですか。

今井:生まれて初めて海外旅行へ行く人にはハワイを勧めますし、世界旅行に行き尽くした人に「どこがいいですか?」と聞いても「やっぱりハワイって良いね」と答えられたりするんです。Spliceも音楽を始めたての初心者にオススメできるツールであり、散々機材弄り倒した人に「何か良いサンプル無いですか?」と聞いても「Splice」と言わせてしまう凄さがあるなと。自分でちゃんとアンサンブル組めたり、アレンジできる人から見た魅力は、また違うところにあるんだなと気づきました。

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