今になって気づいた『ねこあつめ』の本当の優しさーー加藤よしきが感謝の気持ちを込めて

 拝啓、『ねこあつめ』様。

 勝手なことだとは重々承知ですが、どうしても『ねこあつめ』様へ自分の気持ちを伝えておきたく、今回は筆を執らせて頂きました。まずは謝罪をさせてください。本当に、ごめんなさい。私、加藤よしきは、『ねこあつめ』というゲームを誤解していました。このゲームがリリースされたのは2014年、もう4年も前になります。当時から本作は大変話題になり、私も存在は知っていました。ところが、あの頃の私は何かを惨殺するゲームしかプレイしておらず、むしろ何かを惨殺するコンテンツのみがゲームだという偏った思想に傾倒していました。このため「猫を集めて眺めるだけなんて、いったい何が面白いんだろう?」と、同作を軽んじ、触れることはありませんでした。今になって思えば、恥ずかしい限りです。これは大きな誤りであり、人生の回り道だったと思います。

 私事で恐縮ですが、私は本業でサラリーマンをしています。この一か月はそちらの方で諸々のトラブルが重なり、ストレスフルな毎日でした。それで、とにかく疲れ切ってしまったのです。スマホのRPGで遊んでいても、戦略を練るのも、効率的に育成するのも、考える気力が湧きません。家庭用ゲーム機でアクション・ゲームを遊んでいても、操作キャラが死なないように頑張る気が出ず、自キャラが惨殺されるのを眺めるばかりでした。そもそもゲーム機を起動するので精一杯で、各社が先端技術を結集して軽量化を図っているであろうコントローラーを「けっこう重いなぁ」と感じたとき、人間は疲れるとここまで意識が変わるのかと改めて愕然としました。

『ねこあつめ』公式サイト

 そんなとき、ふと『ねこあつめ』様のことを思い出しました。そして何となくプレイを始めたところ、最初に書いたような、自分の誤りに気付いたのです。確かに本作は「猫を集めて眺めるだけ」ですが、しかしそれゆえに素晴らしいのだと。自分が配置したアイテムで猫が遊び、そのお礼に「にぼし」を置いて行ってくれる。その「にぼし」を集めて、新しい猫の遊び道具と交換する。単純ですが、だからこそ弱っていた私でも、すぐにゲームサイクルが理解できました。様々な要素を考慮しながら遊ぶゲームが主流の現代だからこそ、このシンプルさは驚くほど有難かったです。シンプル・イズ・ベストとは、まさに本作のためにある言葉でしょう。また、「猫が来るまで待つ」という部分も非常に楽しいのだと、実際にプレイしてみて分かりました。フラっと思い立った時間にアプリを立ち上げ、猫がいた時の嬉しさと言ったら……。シンプルさと、この緩さにすっかり魅了されてしまいました。

 そして何より猫が可愛い点にやられました。ボールを持ってゴロゴロする猫、ツメを研ぐ猫、段ボールに収まる猫……etc、何をしていても猫が可愛いのです。少し余計な話になりますが、私の顔の暗さには定評があります。昔、地元のローカル番組で「フリーハグ(無償で抱き合って愛を感じる行為だそうです)」に関する特集をしていました。フリーハグに勤しむ若者たちが取材されていたのですが、その背後に1人の男が現れました。男は暗い顔をして、大学生たちをジッと睨みつけています。その通りすがりの男に対して「気持ちは分かるけどさぁ、そんなに睨まなくてもいいじゃない」と思ったのですが、カメラに一番寄った瞬間、気がつきました。その男は私だったのです。そんな私ですが、本作の猫たちを眺めていると、いつの間にか頬が緩んでいるのです。可愛いというのは、こんなにも本能に訴えかけてくるというか、とにかく抗いがたい力があるのですね。

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