ポリゴン・ピクチュアズ×コミックス・ウェーブ・フィルム 代表対談 テクノロジーで変化するアニメ界、海外市場に未来はあるか?

『君の名は。』はなぜ、世界に届いたか


――作品がグローバルに届きやすくなった、というなかで、物語の設計についてはどうお考えでしょうか。

塩田:僕は物語の構築の過程には基本的にタッチしていませんが、「やるからには勝ちたい」と考えています。その意味で、CGアニメーション業界のトップはピクサー・アニメーション・スタジオですから、彼らが作らないオンリーワンのものを、という形でネタの選定をする意識があります。ただ、そうはあっても、物語という意味ではニッチに行くつもりはなく、ユニバーサルな構成にしようと。

川口:「テクノロジー」と逆のベクトルかもしれませんが、新海に関して言うと、彼は田舎で生まれ育っていて、DNAにアニミズムがあるんですよね。太陽や山に手を合わせたり、3時間くらいずっと星を眺めていたりできる。そういう感覚が物語にも、絵にも出ていることが、世界中で共感される理由なのではないかと。

 新海が育ったのは盆地で、季節によっては午後3時くらいには太陽が森に隠れてしまうのに、空はピンク色だったりする。その明かりの感じが、新海の絵になるんですよね。それが世界中で「美しい」と言われるし、何より「懐かしい」と表現される。中学生にも「懐かしい」って言われるんですよ。つまり、国も宗教も年代も超えて、心を震わせる本質的な何かがあるんでしょうね。

 物語にも、さり気なくアニミズム的、あるいは神道的な要素が入ってきます。脚本の段階ではサラッと入っているのですが、絵になるとその色合いが強くなる。全世界的に公開したなかで、『君の名は。』が東アジアで圧倒的に当たっているのは、やはり、根底に近い感覚があるのかなと思います。新海に比べて、僕やプロデューサーの川村元気は、実はこのあたりの微妙な感覚を追っかけきれてないような気がします。

塩田:僕も『君の名は。』を劇場で観て、すごくうれしかったのがまさに、根底にアニミズムが流れていることでした。僕はカトリック教育を受けて育って、ここ10年くらいで神道的なものを再発見しているところなのですが、この原理的なものが、おそらく多様な層に訴えかけるのだろうし、世界的にも共感されると。本来は宗教的な区別などなく、欧米もアニミズムの世界だったということを、もっとも自然な形で喚起できるのは日本だろうと思いますし、非常に素晴らしいことだと思います。

川口:アジアの話をしましたが、確かに『君の名は。』はLA映画批評家協会でもアニメーション映画賞をいただいていて、アメリカの人たちにも伝わっていますね。だからこそ、リメイクの話もあって。

クリエイターが生み出す、5秒間の“宇宙”

――視聴環境も制作環境も変わりつつあるなかで、クリエイターに求められる資質についても聞かせてください。

塩田:テクノロジーが進化しても、本質は変わらないですね。僕は自分でアニメーションを作らないから、クリエイターはみんなすごい、と本心から思います。アニメーション作品ができて、多くの人がそれに歓喜したり、怒ったり、畏れたりと、さまざまに感情を揺さぶられるわけですが、現実に存在するのは声と音楽くらいで、あとはすべて完全に架空のものじゃないですか。紙やデータも存在するものだ、とも言えますが、いずれにしてもアニメーションは実在とは程遠いもので組み立てられている。そういうもので人の感情を動かすというのが、どれだけすごいことか。

 この能力を司るためには、誰よりも、命やエネルギー、感情というものを理解していなければいけません。もちろん技術力も大切ですが、アニメーターは1日かけて、5秒のアニメーションを完成させられればよく働いた、という仕事で、その5秒のなかには宇宙が存在しています。つまり、ほんの一瞬のまぶたの動きひとつで、膨大な感情が伝わってくる。これは「感情をどのように伝えるか」ということを誰よりも知っているからできることであって、クリエイターにはその能力がもっとも重要だと考えています。

川口:僕もクリエイターへの尊敬はすごく持っていて、例えば、2Dアニメの鉛筆の子たちは、その多くが中学生くらいの段階で「絵で食べていく」ということを決めているんです。そして、覚悟を決めて脇目も振らず、お金のことも考えずに、そこに向けて一直線に進んでくる。彼らは腹を決めてきているので、もちろん絵の試験はありますが、僕が見るのは基本的に人柄だけです。僕が伝えるのは、挨拶をすること、掃除をすること、時間を守ること、という3つだけです。それはテクノロジーが進化しても、ずっと変わらないでしょうね。

――最後に、公開を控えている新作についても聞かせてください。

川口:うちはこの夏に、日中合作の『詩季織々』を劇場にかけます。ずっと中国からオファーがあり、一ラインしかないのでスケジュール的に無理だ、と断ってきたのですが、『君の名は。』のあとに、少しだけ時間が空くから、やってみようかと。そうして、20分のショートフィルムを3本立てで作ったんです。その出来がいいので、一本にして劇場に相談に言ったところ、テアトルさんが「やりましょう」と言ってくれて。

 総監督は中国アニメ業界の雄=Haolinersスタジオの代表、リ・ハオリン氏で、彼は若いときに『秒速5センチメートル』を観て感動して、上海を舞台にそういう作品が作りたいと言ってくれて。うちの美術のクオリティで中国の街が描かれるのは初めてのことだから、現地でもそうとう話題になると思います。元々、うちは受け仕事としてやっていましたが、美術スタッフが何回も現地にロケハンに行ったりして、結局3本ともコストがかかって、どえらい赤字になってしまいました(笑)。でも、この内容なら必ず返ってくると思います。また中国で話題になれば、新海の次回作もいっそう受け入れてもらいやすくなると思いますし、種まきの意味もありますね。

(c)「詩季織々」フィルムパートナーズ

塩田:制作赤字がかさんでいるのがうちだけじゃないということがわかって、ホッとしました(笑)。中国は市場としては本当に魅力的だけれど、多くの人が進出に苦労してきた歴史があります。ただ、『詩季織々』は新海監督の作品の魅力をきっかけとした、人と人のつながりから生まれたものであって、きちんと受け入れられそうですし、ビジネスとしても本当に筋がよさそうです。うらましいですね。

川口:第1章が気になる終わり方をした『GODZILLA』の第2章も楽しみです。僕は1章の試写を観させていただいたんですが、たまたま隣の席がボンズの南(雅彦)さんで、「これどうなるの!?」って盛り上がったんですよ(笑)。特に僕ら世代だと、観終えた後にそういう話ができる作品ですよね。『シン・ゴジラ』のヒットもあって若い人も関心を寄せているモチーフですし、ユニバーサルな作品だと思うので、僕も期待しています。

(C)2018 TOHO CO.,LTD.

塩田:詳しいことはまだ申し上げられないのですが、現在、必死に制作中です(笑)。これまでの歴史のなかでももっとも困難な仕事のひとつという感じで、これでもかと力を入れて作っていますので、間違いなく楽しんでもらえると思います。ぜひご期待ください。

(取材・構成=編集部/写真=竹内洋平)

 ■公開情報
『詩季織々』
今夏、テアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか公開
監督:リ・ハオリン、イシャオシン、竹内良貴
配給:東京テアトル
2018年/日本/カラー
(c)「詩季織々」フィルムパートナーズ
公式サイト:http://shikioriori.jp/

作品紹介:中国の3都市を舞台に、失したくない大切な思い出を胸に、大人になった若者たちの、過去と今を紡いだ3つの短編(「陽だまりの朝食」「小さなファッションショー」「上海恋」)からなる珠玉の⻘春アンソロジー。

■公開情報
『GODZILLA 決戦機動増殖都市』
2018年5月、全国公開
監督:静野孔文、瀬下寛之
ストーリー原案・脚本:虚淵玄(ニトロプラス)
声の出演:宮野真守/櫻井孝宏/杉田智和/梶裕貴/諏訪部順一他
製作:東宝
制作:ポリゴン・ピクチュアズ
配給:東宝映像事業部
(c)2018 TOHO CO., LTD.
公式サイト:godzilla-anime.com

作品紹介:アニメーション映画『GODZILLA』三部作<第二章>。『決戦機動増殖都市』では、体高300メートルを超える歴代最大のゴジラ<ゴジラ・アース>を倒すためにシリーズ不動の人気を誇る<メカゴジラ>が新たな姿で現れる。

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