『耳をすませば』をいま劇場で観る意味 若者の夢をどう叶えていくかを考えるきっかけに

『耳をすませば』をいま劇場で観る意味

 そして、偶然の導きによって地球屋というアンティークショップにたどり着き、そこで自分の身近な世界とは異なる価値観や生き方に触れることになる。地球屋に集う大人たちの音楽や趣味の時間は、仕事や成果、効率といった尺度では測れない、雫にとって新鮮なものだった。何かを生み出したり、社会的な評価を得たりするためではなく、ただ好きだから楽しむという時間がそこにはある。これは、雫が文学を読み込む行為とも通じている。

 文学を読むことも、必ずしも実用的な知識を得たり、何らかの成果を上げたりするためのものではない。物語の世界に没頭し、自分の想像力を自由に働かせる、ある意味で非生産的な行為だ。雫は地球屋で、自分がそれまで知らなかった、あるいは身近な同世代の価値観とは異なる人生のあり方を垣間見るのだ。

 物語は、雫と、彼女の恋愛の対象となる天沢聖司の将来を具体的に描くことなく、二人がそれぞれの可能性を信じ、前に進もうとするところで幕を閉じる。聖司はバイオリン職人の勉強のためイタリアを目指そうとし、雫も自分の創作への可能性に向き合うのだろう。

 二人の関係がこの先どうなるのか、夢が実現するのかは分からない。映画は若い時代に抱く思いや、何かに挑戦しようとする気持ちを希望として描きながら、みずみずしい印象を残して終わる。それだけに、その後のエピソードを描く2022年の実写映画は、そうした開かれた可能性を一点に収束させてしまうという意味で、その製作自体、賛否が分かれることとなった。

 さて、こうした本作の内容を、いまの日本の観客や若い世代が観ると、どういう感想を持つだろうか。1995年当時、日本はすでにバブル崩壊後の不況に入っていたものの、国際的な購買力という点では、まだ円の力が強かった。現在は円安が進み、ヨーロッパへの旅行でさえ経済的な負担が大きくなっている。まして天沢聖司が目指すように、現地で生活しながら技術を学ぶとなれば、いまでは相当な費用が必要になると考えられる。

 そのため、聖司のイタリア留学は、現在の若者が自分の将来として想像するには、かなり恵まれた環境を必要とする話に見えてくる。また、かつてヨーロッパやアメリカが憧れの場所として強い存在感を持っていたものの、現在は、若い世代にとって韓国など、より身近なアジアの国や地域が文化的な関心の対象に移っている。そうしたリアリティや文化的関心の現状を通すと、 「これは自分たちの物語ではないのかもしれない」という距離感が、若い世代に生まれるのではないかと考えられる。

 雫が小説を書くために学校の勉強を後回しにしたいと考え、家族にそのことを伝える場面にも、興味深いリアリティがある。親は全面的に賛成するわけではないが、雫が自分の可能性を試したいという意思を優先させる。こうした挑戦を一定期間認める家族の姿勢は、比較的進歩的だったのではないか。

 そして現在、経済的な事情からそうした挑戦がさらに難しくなっている一方で、漫画やアニメなど、よりポップな創作文化に親しんできた世代が親になり、創作活動そのものへの偏見は以前より薄れているようにも思える。その意味では、現代の観客に共感しやすい部分もあるといえよう。

 『耳をすませば』は、若者が夢を追うことを肯定する映画だ。ただし2026年の現在、その夢を実際に試すための経済的・社会的条件は、当時とは変わってきている。かつての若者たちの可能性が、いまでは恵まれた環境に支えられたものとして、さらに輝いて見えてしまう。

 それでも何かを好きになり、自分の可能性を試し、まだ見ぬ未来に向かっていくことの輝きは失われていない。だからこそ、この映画を懐かしい青春映画としてだけではなく、かつての日本社会が若者にどのような未来を想像させていたのかを映し出す作品として見ることで、現在われわれに何ができるのか、どう若者の夢を叶えていくのかを、具体的に考えていくきっかけになり得るのではないか。

 余談だが、現在までに変わったことの一部として、雫がヘッドホンを着けて勉強している場面が、YouTubeの配信者によって、ブームとなった音楽ジャンル「ローファイ・ヒップホップ」の作業用BGMの映像として一時無断利用されていたことも知られている。月島雫の姿が作品の文脈から切り離され、世界的には『耳をすませば』よりもローファイ・ヒップホップの非公式な象徴の一つとして刻まれていたというのは、興味深い現象だった。

■公開情報
『耳をすませば』
10月23日(金)〜11月2日(月)4KデジタルリマスターIMAX上映
10月30日(金)〜11月12日(木)4Kデジタルリマスター全国拡大上映・Dolby Cinema上映
原作:柊あおい(集英社刊)
製作プロデューサー・脚本・絵コンテ:宮﨑駿
監督:近藤喜文
プロデューサー:鈴木敏夫
主題歌:本名陽子「カントリー・ロード」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)
音楽:野見祐二
「バロンのくれた物語」美術:井上直久
提携:徳間書店・日本テレビ放送網・博報堂・スタジオジブリ
配給:東宝
©1995 Aoi Hiiragi, Shueisha/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NH
シアターリスト:https://eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=mimi

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