『ブラッサム』少女編で早くも見えた作品の強さ 人の心を“単色”で描かない朝ドラに

連続テレビ小説『ブラッサム』(NHK総合)が9月28日から放送がスタートした。本作は、明治・大正・昭和・平成と4つの時代を生きた作家・宇野千代をモデルに、主人公・葉野珠(石橋静河/幼少期:村上蘭)の波瀾万丈の人生を描く。第1週「私の父、私の母」を観たところで、この朝ドラは人の心の中を絶対に通り一遍には描かないだろう、という気がしている。
「涙が出るのは悲しいときだけじゃない、ということを、私は初めて知りました」

全5回で描かれた「少女編」は、珠のこんな言葉で終わった。名状しがたい感情を形にするのが芸術である。ドラマ・映画はそれを映像で描出し、文学は言葉で叙述する。将来小説家になる主人公が少女時代にどんなことを経験し、何を得たかを見せる導入部の締めくくりとして、完璧なモノローグだった。
人の心は単色ではないし、発せられた言葉のすべてが額面通りとは限らない。相反するいくつもの感情が混在し、光を当てる角度によって複雑な陰影をなしている。継母であるリョウ(国仲涼子)は自分のことを大切にしてくれるけれど、娘だてらに「様」をつけて呼ばれ、大事にされればされるほど珠は不安になる。父の清治(渡部篤郎)は近所の誰もが「クズ」と評する放蕩無頼、理不尽さの塊で、珠はいつでも振り回されている。しかし不思議と「嫌じゃあない」。

働きもせず毎日遊興に明け暮れて、居丈高に珠やリョウを怒鳴り散らして支配する清治だが、人知れず孤独とやりきれなさを抱えている。珠は、花明かりの夜に独りカナリアを愛でる父の姿を目撃し、初めて彼の葛藤を悟る。「○○だから△△である」などという単純な言葉では表現しきれない、清治の「本質」を、珠が一瞬にして掴んだシーンが圧巻だった。
「窮屈そうじゃなあ、お前も」と、清治はカナリアに自らを投影しながら語りかける。清治が窮屈だと感じている「鳥籠」は、明治の世の中の常識や社会規範との境界ではあるまいか。その籠の中でがんじがらめになって動けず、やけ酒に溺れるしかない。籠の外からは衆人環視が「クズだ、クズだ」と野次を飛ばしてくる。清治が暴れる籠の中に引き入れられ、閉じ込められたのが珠であり、リョウだった。
モデルである宇野千代の父・俊次は老舗酒造を営む家の次男であるが、ここで清治を長男に設定した作劇が効いている。弟・清重(三浦誠己)の願いが父親に聞き入れられ、家督から外された清治。「長男たるものかくあるべし」というレールから外れた清治は、毒を食らわば皿までとばかりに放埒の限りを尽くし、ままならぬ苛立ちを妻や娘にぶつけることでしか息ができない。決して褒められるものではないが、それが清治の生き様なのだ。
宇野千代は著書『生きて行く私』の中で、いかに自分の人生、そして作家性に父・俊次が大きく影響したかについて、こう回顧している。

《あの、私の愛してやまない、半狂人の父親が、次ぎ次ぎに発したとんでもない教訓の凡(すべ)てを、フラスコの中に入れて、アルコール・ランプで熱すると、或る純度のある気体が出来上がる。と、まァ、こんなことを想像したものである。子供の頃の私は、こう言う気体の中で成長したのではないか、と、そんなおかしなことを考えついたものである。》
千代の言う「気体」。本来目に見えないはずのそれが、『ブラッサム』第1週の映像には終始漂っていたように感じる。この気体を吸って珠は育ち、どんな状況にあっても事態を冷静に観察する目を養い、それを文章にする才を身につけた。清治からの罰として蔵に閉じ込められ、夢中になって読んだ本は清治の蔵書だ。分家である清治の家にある本や雑誌は、彼の所有物以外に考えられない。
読書をし、外出時に着ていく羽織にこだわり、キセルを嗜み、道楽で馬を買いカナリアを買う。「クズ」成分を除けば(除けるものではないのだけれど)清治はかなりの粋者といえるのかもしれない。この気質が珠の内にどんな種を蒔いたのかも見ものだ。

第1週では、観察眼に富み、苦境をポジティブな糧に変え、それを表現として出力することのできる少女・珠の人物像が、くっきりと浮かび上がってきた。物語を書くことが、これから珠を自由にしていくのだろう。鳥籠から飛び出したカナリアは、父・清治とは対照的に、自分の手で自由を掴みにいく珠の象徴でもあるのかもしれない。
■放送情報
2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜から金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:石橋静河、加賀まりこ、松たか子、国仲涼子、渡部篤郎ほか
作:櫻井剛、小松與志子
主題歌:YOASOBI
制作統括:村山峻平、櫻井壮一
プロデューサー:大野陽平
演出:盆子原誠、中泉慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介
写真提供=NHK






















