『風、薫る』はなぜ“無風”の朝ドラになったのか 明治時代を漂白した物語

『風、薫る』はなぜ“無風”だった?

 優れた「お仕事ドラマ」を観ていて思うのは、「具体・具体・具体、その先に精神論」ぐらいのバランスで描かれているということだ。『風、薫る』はふんわりした雲のような精神論がいつも全体を覆い、仕事における具体的な試練、具体的な過程、具体的な技術成長といったものがほとんど見えてこなかった。

 明治時代に「国内初のトレインドナース」、いわばエポックメイカーとなった女性たちの物語であるはずなのに、あまりにも時代背景が無視されていたのも残念だった。

 時代と乖離した平成・令和調の言葉遣い。これにまず興醒めしてしまう。さりとて言葉に関しては、小さな子どもや若年層の視聴者にリーチするために現代口語の使用も多少は致し方ないのかもしれない。しかし、登場人物の価値観や思考がすべて平成・令和ナイズされているというのはいかがなものか。

 明治時代に厳然と存在した家父長制や格差社会に踏み込まず、それらがほとんど「なきもの」として扱われ、きれいに漂白された世界観が終始貫かれた。果たしてこの題材、この時代設定を選んだ意味があるのだろうかと思ってしまう。

 りんには元夫や元姑からの抑圧、直美は「耶蘇のみなしご」と差別されて育った生い立ちという設定が敷かれたが、一口で食べ終わる「突き出し」でしかなかったと感じてしまった。

 登場人物がすべて「主人公に○○をもたらすため」「◻︎◻︎というエピソードに持っていくため」にしか機能していないように感じた。主人公2人、とりわけりんを取り囲む男たちは揃いも揃って理解があって忠誠心に富み、ご都合という名の風呂敷で包んだ「ラッキー」を姫(ヒロイン)に捧げるために次々とやってくる。これではモデルとなった大関和と鈴木雅のみならず、当時の女性たちの「時代や社会と戦ってきた軌跡」まで揉み消すことになってしまう。

 りんの幼なじみで、かつてりんに淡い恋心を抱いていた虎太郎(小林虎之介)は登場時には一応、格差社会の象徴として配置されていたはずなのに、「なぜか」銀座の製薬会社に就職して大出世を遂げる。これは彼をりんと直美の職業の近くにいさせるための設定でしかなく、「なぜ」「どんな苦労をして」虎太郎が栃木の小作人から銀座のエリートサラリーマンにステップアップできたのかは描かれない。

 りんと恋仲になりそうで結局ならなかった、小説家志望で「言語オタク」設定のシマケン(佐野晶哉)も、随所随所でりんの背中を押すためだけに存在したようにしか見えなかった。

 チョロっと社会を語ったあと、シマケンに闘志を燃やさせるためにりんにプロポーズした新聞記者・横沢(井上祐貴)とは何だったのか。

 だが、つまるところ、こうした「あたりさわりのない作劇」も炎上回避のためなのだろうと感じる。今のネット社会では、映像作品、特に朝ドラの中で前時代的価値観に踏み込んで描こうとすればするほど、何らかのハレーションが起こる。『風、薫る』は徹頭徹尾炎上を避けて作られていた。その結果、何ら風が吹かない作品になってしまった。

 こうしたご時世、もちろん朝ドラの作り手に同情はする。だがしかし、これは朝ドラという文化において由々しき傾向ではあるまいか。過去に事実として存在した社会的背景、価値観、その中で生きた当時の人たちの思いや叫びを、映像の中で描く気がないのであれば、あえてこの時代を舞台にする必要はなかったのではないか。

 同じ枠で明治時代を描く作品として、今秋からスタートした2026年度後期『ブラッサム』、2028年度前期『ほんのモキチ』ではどんな明治時代を描くのだろうか。心して見守りたい。

■配信情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHKオンデマンド、NHK ONEにて配信中
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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