『ドラマなふたり』の“いたたまれなさ”とアメリカ文化 意外な監督との共通点も?

 『ドラマなふたり』は、ゼンデイヤとロバート・パティンソンといういま引っ張りだこのスターふたりがカップル役で主演し、気鋭の監督クリストファー・ボルグリが監督を務めたA24のヒット作だ。

 結婚式直前のエマ(ゼンデイヤ)とチャーリー(ロバート・パティンソン)。しかし、ひょんなことからエマがそれまで隠していた“とある過去”をチャーリーは知ることとなってしまい、ふたりの関係性が試されることとなる。

 この映画では、その“とある過去”とは一体なんなのかが肝になってくる。ただ、すでに見たひとにはわかるとおり、そこで明かされる事実をどう受け取るかは、アメリカ人と日本人のあいだでだいぶ違いがありそうだ。そこで、アメリカ在住経験が長く現在は京都大学教授の映画研究者・批評家である木下千花氏に、この映画をどう観るかを聞いた。

※本記事では、『ドラマなふたり』のストーリーの核心についての記述があります

 まず、木下氏は『ドラマなふたり』に対する率直な感想をこう語る。

「ゼンデイヤとロバート・パティンソンの共演が売りの映画で、ゼンデイヤのスターぶりを見ていれば楽しいというところはずいぶんあると思いました。ただ、パティンソンのほうがどんどん狂っていくので演技の見せ場が多い役どころなのに対し、ゼンデイヤは過去はともかく現在は基本的にコミュニケーション能力も高く仕事もできる“いいひと”という設定なので、そこは『いまもおかしいところがあるのかな?』ともっと思わせる脚本にしても面白かったかもとは思います。もちろん、ゼンデイヤに“自分でも自分のことが分かってない不透明な女性”という役がハマるかどうかは未知数なところがあるので、それがどう出るか見てみたかったという感じですかね」

 では、この映画でゼンデイヤ演じるエマが隠し持っていた“とある過去”、すなわち中学生時代に銃乱射を実行直前まで計画したことがあるという問題と、それに対する周囲のリアクションについてはどう見たのか。

「そこは映画のなかで描かれているとおりですね。当然ながら日本では銃乱射はリアルなことではありませんが、アメリカではアラナ・ハイム演じるレイチェルの劇中での反応を見てもわかるとおり生々しい問題としてある。アメリカの学校では銃乱射に備えた避難訓練をやったりもしますし、親戚や知り合いに被害者がいるというひともあちこちにいます。ただ、ゼンデイヤ演じるエマは実際に事件を起こしたわけではなく、アメリカのレビューでも『実際にやったか否かでは大きな違いがあるだろう』と疑義を呈するものもありました。彼女の過去が許容範囲か否か判断に迷うというのはアメリカ在住のひとにとっても同じで、そこを曖昧でオープンな問題として設定することで心をかき乱す映画になっている」

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