『風、薫る』“亀吉”三浦貴大の“ダメ夫”ぶり再び? 劣等感と愛にまみれた忘れがたい人物
家庭人として見れば、亀吉は紛れもなく“ダメ夫”である。ただ、その胸には、りんや環への愛情も確かにあったのだろう。娘の名前をどうするか尋ねられた亀吉は、「おめえの好きにすればいいべ」と突き放す前に、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。そのわずかな間からは、女児だったことに落胆しながらも、父親として娘の名前を考えようとした心の揺れが垣間見える。また、環をりんに返す場面でも、その表情には寂しさがにじんでいた。
問題は、その愛情を相手の意思を尊重するかたちで示せなかったことだ。りんや環を大切に思う気持ちは、プライドや所有意識と絡まり、支配や束縛となって表れた。妻子への愛情があったことと、彼女たちを深く傷つけたことは、矛盾せずに両立する。
そんな亀吉を演じた三浦は、放送当時のインタビューで、視聴者に「亀吉をぜひ嫌いになってほしい」と語っていた(※)。一方で、りんや環への愛情もどこかにあると考えていたという。三浦は、字面だけでも十分に酷いセリフにあえて強い感情を乗せず、言葉の響きを和らげるように演じた。男尊女卑の考えが亀吉にとって疑う余地のない常識だったことを伝えながら、彼を単純な悪役にはしなかったのだ。
2010年公開の映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』で本格的に俳優デビューして以来、三浦は善人から悪役、汚れ役まで幅広く演じてきた。中でも印象的なのが、登場した当初は嫌な人物に見えながら、物語が進むにつれて、それまでとは異なる顔をのぞかせる役どころである。
ドラマ『相続探偵』(日本テレビ系)で演じたのは、“ハゲタカ”の異名を持つフリーの週刊誌記者・羽毛田香。主人公の灰江七生(赤楚衛二)をつけ回し、隠し撮りした写真を面白おかしく記事にするなど、当初は節操のないゴシップ記者にしか見えなかった。ところが終盤では灰江と手を組み、法曹界の重鎮が隠し続けてきた不正を暴くため、自らが襲撃される瞬間を撮影するという命懸けの取材を敢行。人の秘密を嗅ぎ回る“ハゲタカ”は、真実を世に出すためなら危険もいとわない、筋金入りのジャーナリストでもあった。
大ヒット映画『国宝』で演じた、歌舞伎の興行を手がける三友の社員・竹野もそうだ。初登場時には、血筋を持たない喜久雄(吉沢亮)に厳しい現実を突きつけ、挑発的な態度で怒りを買う。しかし、竹野が反発していたのは喜久雄自身ではなく、血統がものを言う歌舞伎界の構造だった。物語が進むにつれて、血ではなく芸の力でのし上がろうとする喜久雄の才能を認め、その歩みを支える存在へと印象を変えていく。
羽毛田も竹野も、登場したばかりの頃は、主人公の前に立ちはだかる嫌な男に見える。けれど、物語が進むにつれて、その図々しさや容赦のなさの奥にある情や信念が浮かび上がってきた。途中で別人のような善人になるのではない。嫌な部分も残したまま、少しずつ人物の見え方を変えていくところに、三浦の芝居の味がある。
もちろん、再登場する亀吉が心を入れ替えているとは限らない。りんを傷つけ、環の未来を狭めようとした過去も消えはしない。それでも十数年がたち、りんは看護婦として自らの道を切り拓き、環も女学校の卒業を前に将来を考える年頃となった。かつて自分が否定した“学ぶ女”と“働く女”を体現する母娘を前に、亀吉は何を思うのだろうか。
『相続探偵』の羽毛田や『国宝』の竹野と同じように、亀吉もまた、再登場によってこれまでとは異なる顔を見せるのかもしれない。悪役や汚れ役を単純な嫌われ者で終わらせない三浦が、十数年という空白を亀吉の表情にどう宿すのか注目したい。
参照
※ https://www.steranet.jp/articles/113161
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK