『ヤマトよ永遠に REBEL3199』宮川彬良×兼松衆対談 節目に語る“音楽の継承”と“新たな挑戦”

 10月30日に『ヤマトよ永遠に REBEL3199 第七章 虹色の輪廻』の劇場上映が迫り、2024年から始まったシリーズの完結が近づいている。2012年の『宇宙戦艦ヤマト2199』から続く『宇宙戦艦ヤマト』のリメイクシリーズもひとつの節目を迎えることになる。父親の宮川泰が手がけた原作の楽曲の再録や編曲、新曲の制作を含むリメイクシリーズの音楽を、子息の宮川彬良が担当してきた。『3199』からは新たに兼松衆が加わって、ヤマト音楽に新風を吹き込んだ。第七章の上映開始に合わせて『3199』オリジナルサウンドトラック第2弾と主題歌集がリリースされることも発表されている。幅広い楽曲で作品を彩った宮川彬良と兼松衆に『ヤマト』と音楽について聞いた。(タニグチリウイチ)

バリエーションのようでいてバリエーションじゃない

ーー『ヤマトよ永遠に REBEL3199』もいよいよ第七章まで来ました。宮川彬良さんは、『宇宙戦艦ヤマト2199』から数えると約15年、『ヤマト』の音楽に携わって来たことになります。改めて『ヤマト』の音楽を手がけてきた感想を聞かせてください。

宮川彬良(以下、宮川):実を言うと、僕らの仕事はもうとっくに終わっているんだよね。ミュージカルだったら台本を読んで、それで自分でも歌いながら作るんですよ。なんならデモテープを録ったり稽古場に足繁く通ったり。当事者として作曲家は最後まで責任を取る感じで臨むんですが、ヤマトのプロジェクトは、最初にふわっとした注文を受けてそれで作るんです。シナリオを読んで、でもそれに書いてあることがすべてではないので想像で補完しながら作って、いざフタを開けてみたら「ほとんど爆音(SE=サウンドエフェクト)でした」みたいなこともある。

ーーおおよそのストーリーと雰囲気をつかんで作った楽曲を、監督たちがシーンに当てはめていく感じなんですね。

宮川:シナリオからでもいろいろと聴こえてくるけれど、画を作る監督たちと僕たちとで、思い描いているものが同じとは限らないんだよね。似て非なるものだということもあって、監督たちとは違うことをイメージしながら作ってきたかも。それはもしかしたら、僕らには「好きに泳げ」と言ってくれているのかもしれない。それが『ヤマト』の『ヤマト』らしさなんだと思う。厳密に寄り添うというよりも、まずは音楽という摩訶不思議なもので『ヤマト』の魂を作っておいてくれということだね。

――画やシーンに寄せるのではなく、『ヤマト』という作品の魂に寄り添う曲を作る。

宮川:場面によっては、曲を聴いたスタッフ側で「そんな魂だったのか」とくつがえって、画のほうを調整することもあったと聞いています。映像を見ると本当に上手に使ってくれていると感じるよね。だから自分は、ここに違いないと思って球を打つようにしてきました。ちゃんと当たるように。それが当たっていないと『ヤマト』の作品としては感動できないものになってしまう。そんなアプローチでしたね。

ーー当たっていたと思います。手応えのようなものは感じていましたか?

宮川:僕らが手応えを言って完結するような手応えじゃないんですよ。実際の手応えは、福井総監督やヤマト監督が実感していると思いますね。

宮川彬良

ーー兼松衆さんは、この『3199』からヤマトのシリーズに参加しました。宮川泰さんが最初に手がけて宮川彬良さんが引き継ぎつつ新しい楽曲も加えて構築してきたヤマトの音楽に、新たに加わるということはやはり大変でしたか?

兼松:「特別こうしなさい」という指示は宮川さんからも監督からもなかったんですが、同じオーケストラで同じスタジオで録音させていただくということがひとつ共通点としてあるので、そこを目掛けて作っていくことを考えました。以前の『ヤマト』のサウンドトラックの復刻ということと新曲の両方をやらせていただいて、復刻のほうをやるときは当然、原曲のスコアもよく見ます。昔の録音も聴かせていただきます。それをやっているうちに、ヤマトの音楽が自分の中に入ってきた感じはありますね。原作の佇まいというか。原曲に触れて手を動かしている中で、ふと自分的にキャッチできたような。

ーー宮川さんも、最初に復刻の方から手がけていって、そこで『ヤマトよ永遠に』や『宇宙戦艦ヤマトIII』といった原作のある程度のイメージなり方向性といったものを掴んだ上で、『3199』の新曲の方の作業に着手された感じですか?

宮川:『3199』に『永遠に』と『III』がどのくらい残っていてどのくらい変わっているのか、あまり気にしていないんだよね。あらかじめプランを立てて、ここは原作であの曲を使ったからそうしようとか、『2199』ですでにやってしまったから『3199』ではこうだといったことは、音響監督の吉田知弘さんが組み立ててくれて。そのメニューを元に、福井さんたちと話をしているときにいろいろと語ってくれるわけですよ、ストーリーとかを講談のように(笑)、それを聞いて「そんな感じになっちゃうんだ」「面白い話だね」と言っているときにひらめいたものを音楽にしていく感じでやってたね。

兼松:そうですね。メニューがあるんですけど、それよりも打ち合わせのときに話してくださることのほうが、確かに役に立っています。

兼松衆

宮川:分かりやすいんだよね、原作がどうのというよりも、その打ち合わせの中でひらめいたインスピレーションが割と土台になっている感じ。そんなものなんです。そのひらめきを彼らが尊んでくれているというのがあるんです。なかなかないじゃないですか、ここまでテーマ曲がいっぱいある作品は。

ーー確かにトラック名を見ても、ただ番号ではなく1曲ずつキャラクターの名前であったり状況だったりとタイトルがついていますね。

宮川:そうなんだよね。

ーー以前から宮川さんは、ヤマトの音楽はメロディアスで歌える音楽になっていると言ってきました。『3199』で新しい楽曲を作るときも気持ちは同じでしたか? 兼松さんもそうでしたか?

宮川:個人的には、それはやっぱりあるね。メロディというものがどれだけ凄いかということを、僕はこの目で特等席で見てきちゃったわけだから。あの『巨泉・前武ゲバゲバ90分!』(日本テレビ系)がテレビで始まったとき、オンエアの次の日に、「ダーダダダッ」って曲をみんなが歌いながら登校してたんですよ。それを見たときに、もうパパ、なんて凄いんだろうって思った。

ーー強いメロディは自然と人の心に染み入って口を動かす。

宮川:100年、200年ぐらい先の地球が大変になっている時代だったら、こんなメロディじゃないだろうと思ったりもします。だから、兼松さんが作った「デザリアムの弦楽四重奏」は凄かった。メロディというのかなんというのか。そんな曲だったでしょ? だからなんだけど、僕は個人的にやっぱりメロディっていうものが一番摩訶不思議なものだと思ってるんです。どれだけ科学が進んでも解き明かされないいくつかのことがあるじゃない? ひとつは命だよね。あとは時間とかダークマターとかも。いつか解き明かされるかもしれないけど、それでもどうにも分からないことがあって、その末席にメロディというものがあるような気がしている。あるいは音楽と言ってもいいのかな。

ーーメロディの秘密は永遠に解き明かせない。

宮川:それくらい僕はメロディにロマンを抱いてるんだよね。終戦直後になって、それこそビッグバンのように日本に西洋のメロディが入ってきた。すぎやまこういちさんが FENで初めてストラヴィンスキーを聴いて「おおっ!」となっちゃった話とか、父が初めてグレン・ミラーを聴いて「カーッ!」ってなっちゃった話とか。そういうところにとても大事なもの、大切なことがあるような気がしていて、それを僕は象徴的にメロディと言ったのかもしれない。『ヤマト』にもそういうところがあって、そこを見誤ったらもう『ヤマト』にならないような気がしている。そういう作品なんじゃないかな。

(左から)兼松衆、宮川彬良

ーー兼松さんは『ヤマト』とメロディに関してどう思っていますか?

兼松:僕は作曲も編曲もするんですけど、メロディがなくなったときにそれは作曲って言えるの? みたいな感じのことを思ったりします。サウンドトラックだと今はメロディがない音楽が増えている印象がありますね。

宮川:そうなんだよね。

兼松:メロディがない音楽でも素晴らしいものはあるんですけど、原点的なところを思い返すと、自分はやっぱり歌が好きだったんです。メロディがない曲は歌えないじゃないですか。

宮川:確かにそのとおり。

兼松:そこはやっぱり意識したいですよね。『3199』が始まった2年前にも、取材で『ヤマト』と言えばメロディだよねって話があったんですよね。それから2年で、またちょっと状況が変わってきたなと思ってるんです。

宮川:それは自分の?

兼松:世界ですね。世界というか、僕が話すのは日本のクリエイターのことですけど、2年ぐらい前の感じだと、映画とかでちょっとおしゃれにというか、メロディじゃない感じでちょっとスタイリッシュに演出したいという方がある程度いて、一方でテレビの人たちのようにやっぱりメロディがないとね、1回聴いたら忘れられないメロディがないとダメだよねという、この2枠がまだ割とあったんです。2層というのかな。それが最近は、あまりメロディということを言わなくなってきていて、そんな流れがあるんだろうなって感じてます。

宮川:風前の灯火っていう。

兼松:どんどんとなくなっていくんじゃなくて、増えたり減ったりするものだとは思うんですけど、今やってるドラマとかアニメとかを観ていても、その傾向は感じますね。どんどんメロディがなくなっていってるなっていう。音楽の役割は大きいけれど、歌と劇伴みたいなものが完全に分離していきつつあるという時期に、今はあるのかなって思います。

ーーそういう時代だからこそ『ヤマト』のメロディが響くのでしょう。

宮川:「夕陽に眠るヤマト」って曲があるよね。あれがすごく良かった、感銘を受けたってことを兼松さんがおっしゃったんです。

兼松:最高ですよね。

宮川:「え、どこに?」って思ったんだけど、考えてみるとそうなんだよね。「夕陽に眠るヤマト」って『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌のメロディをただやっているだけじゃん。付け加えたりこねくり回したりしないで、ただ重々しく演奏しているだけ。厳密にはオーケストレーションは違うけど、それにショックを受けたというのは逆に新鮮だったね。

ーー同じメロディがテンポを変え雰囲気を変えるだけで違うシーンが見える音楽になるという。

宮川:『マジンガーZ』のテーマ曲をゆっくり演奏したらどうなるかと想像してもらえれば分かると思うよね。それが『ヤマト』の場合、歌詞がついた歌であるにもかかわらず、特に変えないでゆっくり演奏するだけで場面が変わったりするんです。付け足したとか変えましたといった感じがない。それでいて「夕陽に眠るヤマト」という1枚の絵画になりひとつの作品になる。“宇宙戦艦ヤマト重々しいバージョン”というものではなくて、「夕陽に眠るヤマト」っていうひとつの曲になる。バリエーションのようでいてバリエーションじゃないんです。

ーーメロディの中にシーンだったり、感情みたいなものが全部乗ってたりするような感じがしますよね。だからこそ、何かの拍子にすごく思い出したりとか、人生のいろんな局面でヤマトの曲ってよく出たりする。

宮川:それだけみんなで共有しちゃったメロディだっていうこと。それだけのことかもしれないけど、でもそうなる力があった、太いメロディだったっていうことなんだよね。

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