『ガス人間』に活かされた“作家”ヨン・サンホの視点 現代のノワールとして描かれた恐怖

 一方で、林遣都と広瀬すずが演じる兄妹の動画配信者が、ガス人間に接近して世間の注目を浴びようとする試みも同時に描かれる。このエピソードについては、表面的には事件を追う本筋の流れから分断されているように映り、作品全体のまとまりを散漫にさせているという批判的な意見があるのも事実だ。しかし、彼らもまた社会から“可視化されない”という根源的な課題を抱えているという意味においては、共通の課題を持っているといえよう。

 特筆すべき才能や武器を持たない配信者が、即座に大衆の関心を集めるために、社会の負の部分や視聴者の俗っぽい劣情を利用しようとするケースは、現実のネット空間でも往々にして見られる光景だ。自らの存在の希薄さを埋めるために、非倫理的な行動に加担していく彼らの姿もまた、本シリーズが提示する“見えざる者の怪物化”の、もう一つのバリエーションに他ならないのだろう。

 しかし、本シリーズが提示する最も恐ろしい部分は、さらにその奥にあるのではないか。オリジナルの『ガス人間第一号』は、社会の隙間に弾き出された人物がガス人間と化すといった悲劇を描いていたが、劇中の彼はその超自然的な能力を自覚的に利用するようになり、復讐や恋愛のために能動的に動き出していく面があった。対して、本シリーズにおけるガス人間(UTA)は、そうした精神的・社会的な自由意志すら与えられていない。自身の純粋な感情を誤った方向に誘導され、ただひたすら周囲のさまざまな思惑や人々に利用されていく彼の境遇は、構造の末端に置かれながらも、自身が社会の搾取システムの最底辺に組み込まれていることすら自覚できずにいる、現代の人々の姿を示唆している。

 最新のツールも使いながら、社会の搾取構造がより巧妙かつ過激になっていく現代において、政治権力や反社会勢力は、大衆心理を巧みに利用し操作することによって自らの存在や利益を隠蔽し、システムを維持、拡大させている。それこそが日本を含めた、現在の多くの国や都市が直面している最も深刻な問題であると喝破してみせるヨン・サンホは、やはり傑出した“作家”であるといえる。

 なるほど、現代社会の歪な構図をこれほどクリアに、そして簡潔に捉える外側からの冷徹な視線というのは、日本のクリエイターのなかからは、なかなか見出せないものだ。しかしそれは表現者に限った話ではない。多かれ少なかれ、われわれ現代人の多くがさまざまな搾取構造の内側に取り込まれ、そのシステムを回す構成員として、知らず知らずのうちに価値観を植え付けられ、それを当然のものとして従順に受け入れてしまっているところがある。

 力を持つ者に最適化された現在のシステムにおいて、利用され搾取されながらも、一体誰にどう利用されているのかを正しく認識することは、きわめて困難である。それゆえ、このドラマシリーズの内容が映し出す対象は、すぐにはピンとこないかもしれない。だからこそ恐ろしいのだ。

 その意味において、われわれ観客は、じつは本作における「ガス人間」そのものなのではないのかという、背筋の凍るような気づきを得ることになるかもしれない。画面の向こう側の怪異を消費していたはずのわれわれ視聴者こそが、システムに踊らされるガス人間だったとしたら……それこそが、本作が現代のノワールとして表現し得た、最も大きな絶望であり深刻な恐怖なのである。

■配信情報
Netflixシリーズ『ガス人間』
Netflixにて世界独占配信中
出演:小栗旬、蒼井優、広瀬すず、林遣都、UTA、芋生悠、伊島空、こばやし元樹、古館寛治、川瀬陽太、野村周平、中島歩、斉藤柚奈、柊木陽太、三河悠冴、松浦祐也、モーリー・ロバートソン、吉原光夫、三石琴乃、近藤芳正、和田光沙、髙嶋政宏、賀来賢人、森川葵、原日出子、中野英雄、夏川結衣、酒向芳、ピエール瀧、岡部たかし、青木崇高、竹野内豊
監督:片山慎三
脚本:ヨン・サンホ、リュ・ヨンジェ
原作:『ガス人間第一号』(監督:本多猪四郎/脚本:木村武)
エグゼクティブ・プロデューサー:ヨン・サンホ、市川南、大田圭二、臼井央、佐藤善宏(Netflix)
企画・プロデュース:馮年、呉良次
プロデューサー:小野田壮吉、ヤン・ユミン
企画:山内章弘
VFX:白組
VFXスーパーバイザー:髙橋正紀、新堀巧
企画・製作:東宝
共同企画・制作:WOWPOINT
制作プロダクション:TOHOスタジオ
配信:Netflix
作品ページ:https://www.netflix.com/title/81714240

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