『風、薫る』りんの中でせみしぐれのように反復する「助けて」 山本の死が突きつけた現実
誠実な嘘が残した傷は、想像以上に深かった。
7月7日放送の『風、薫る』(NHK総合)第72話では、りん(見上愛)が直美(上坂樹里)に心境を打ち明けた。
病院に戻った直後、山本(本田大輔)の容態は急変。そのまま帰らぬ人となった。院長の多田(筒井道隆)は、りんに通常勤務に戻るように言い渡す。自分たちの非を認めたくない病院側には、りんの責任を追及せず穏便に処理する計算があった。
主治医の今井(古川雄大)によると、山本は急変があり得る病状で、帰宅したことが直接の原因とは断定できなかった。今井は多田たちの前でりんをかばったように見える。しかし、その言葉は厳しかった。
「君は医者の判断より患者の気持ちに従った。医療に携わる者として失格だ」
りんがしたことは今井も心情的に理解できる。しかし、優先すべきは患者の命だ。今井はりんに看護婦としての自覚を問いただした。
多くの患者を見送ってきたりんにも、山本の死はひときわショックが大きかったようだ。りんは目に見えて落ち込んでいて、美津(水野美紀)やフユ(猫背椿)も異変に気付いている。りんは、患者の脈を取ろうとして手が震えてしまう。衝撃から抜け出せていないのだ。
りんの救いは直美がいることだ。入道雲のカットが挿入され、セミの声が夏を告げる。「少し休んだら?」と気づかう直美に、りんは「大丈夫」と返す。直美はりんの性格を知って、あえて声をかけているのだろう。りんも気遣いを感じつつ気を張っている。
直美と2人でいるときのりんは心理的なガードを下げている。うっかり本音を漏らしてしまうのも直美といるときだ。筆者は2人のシーンがとても好きなのだが、見上愛と上坂樹里のやり取りには言葉にならない感情が込められていて、りんと直美の関係性が行間からにじんでくる。
花火の日に牛鍋を食べるという山本の願いはかなわなかった。山本の最期の姿がりんの心から離れない。夏の光に照らされた色彩は生者の世界で、山本が逝ったのは未明だった。たった一度「助けて……」と言いかけた一言が、りんの中でせみしぐれのように反復する。視覚と聴覚による表現が生と死の対比を強調していた。
りんのしたことが間違いだったわけではない。そのことは、叱責しながらも共感を示す今井の言葉から明らかだ。山本は病気の自覚があったし、家に連れて帰らなければ、妻のテイ(伊勢佳世)には別の形で後悔が残っただろう。それなのに、なぜこれほどりんをさいなむのか。
「助けるって何?」
思わず口をついて出た疑問。りんにとっては、かつてなく厳しい状況といえる。バーンズ(エマ・ハワード)は「看護とは何か。問われているのは私自身である」と記したが、まさにりん自身が問われている。避けられない“死”という現実に対して、看護にできることはあるのだろうか。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK