『風、薫る』直美が受け取った“母”の思い セツ「子どもは産まないし、産めない」の重み
6月9日放送の『風、薫る』(NHK総合)第52話では、直美(上坂樹里)が母への思いを語った。
シマケン(佐野晶哉)が書いた記事の反響は大きく、入院中のセツ(村上穂乃佳)の元に差し入れが届けられる。遊郭の主人・権田(梅垣義明)もやってきた。セツを連れ戻すためだ。身を挺してセツを守る直美、そこに病人を乗せた担架が担ぎこまれる。養成所同期の機転で、その場はことなきを得た。
氷のうをあてながら、直美は、自分がしていることはセツを助けることになっているのかと自問自答する。そんな直美に、りん(見上愛)は「私たちにできるのは、セツさんを回復させること」と返す。看病婦のヨシ(明星真由美)は、季節はずれのみかんを持ってきた。
セツを通して、それぞれの心の中が映し出される。その多くは女郎に同情するものだ。差し入れをする人々は、廃娼運動を支持するシマケンの論調に共感していた。看護婦見習いにとって、セツは患者の一人だ。心身を病んで横たわる患者を助けることは、りんが言うように看護婦のつとめである。看病婦も同じだが、ヨシは元遊郭のやり手婆だっただけに、女郎に厳しい面もある。
病気を治すだけでは救ったことにならない。セツ自身、元気になっても仕方がないと投げやりになっている。セツの会話で、直美は同じ「夕凪」という名を持った実母の話をする。記憶がない、生きているかもわからない。母親に会いたいかと問われた直美の返事が以下である。
「どうでしょう。分別がなかったとしか思えないんで。人は産んでおしまいってわけじゃない。いっぺん生まれちゃったら、生まれる前に勝手に決まってた掟の中で生きていかなきゃならない」
女性や弱い立場の人間は蔑視され、踏みつけられる。何度も傷ついては、同じ構造が繰り返される。社会が押し付ける理不尽な“掟”があることをセツも認める。女郎である自分に選択肢はなかった、と言っているようでもある。そんな社会に直美は抵抗しながら、どこかで親を恨んでいるふしもあった。
セツには直美の言いたいことがわかるし、セツ自身、当事者でもある。その上で、セツは直美にこう言うのだ。
「でもね、大家さん。たいていの女郎は、子どもは産まないし、産めないもんだよ」
身体を売る遊女にとって、妊娠は死活問題であり、彼女たちは子どもを持つことを許されなかった。その中で生まれてきたこと。産もうとする意思があり、生まれたばかりの自分を見つめるまなざしがそこにあったはずだ。
子どもができずに離縁された喜代や看病婦のツヤ(東野絢香)が登場する本作は、産むという営みを通して、命の現実と向き合っている。りんから記事を非難され、言葉が及ぼす影響を目の当たりにしたシマケンには思うところがあり、そのことが筆を執る原動力になる。
本作のモデルとなった人物について書かれた原作を読むと、最初期のトレインドナースと廃娼運動には深いつながりがあったことがわかる。令和の時代にこのテーマをどう掘り下げていくか注目したい。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK