志尊淳のギャップを堪能する2作 『SAKAMOTO DAYS』『10回切って』で見せる新たな表情
志尊淳が、まったく異なる2つの作品で新たな表情を見せている。ひとつは、実写映画『SAKAMOTO DAYS』。もうひとつは、ドラマ『10回切って倒れない木はない』(日本テレビ系)だ。
筆者は、志尊淳という俳優は“優しい人”を演じるときほど、その奥にある寂しさや危うさが際立つ俳優だと思っていた。明るく、人懐っこく、相手との距離を自然に縮めていく。一方で、その笑顔や穏やかな佇まいの奥に、何を考えているのか分からない静けさが残ることがある。優しそうに見えるのに、どこか本心が読めない。その二面性は、これまでも彼の芝居の中にたびたび表れてきた。
2014年の『烈車戦隊トッキュウジャー』(テレビ朝日系)で主人公を演じて注目を集めて以降、明るさや親しみやすさは、志尊の大きな魅力として受け止められてきた。『女子的生活』(NHK総合)では、自分らしく生きようとするみき、連続テレビ小説『らんまん』(NHK総合)では、万太郎(神木隆之介)を長く支える竹雄、『ムチャブリ! わたしが社長になるなんて』(日本テレビ系)では、雛子(高畑充希)を支える大牙涼を演じた。役柄はそれぞれ異なるが、どの人物にも共通しているのは、親しみやすさの中に確かな芯があることだ。相手をよく見て、そっと寄り添う。その控えめな優しさを、志尊は押しつけがましくならない温度で表現してきた。
その親しみやすさの奥にある“読めなさ”が、よりはっきり表れていたのが『恋は闇』(日本テレビ系)だった。志尊が演じた設楽浩暉は、週刊誌のフリーライター。相手との距離を縮めるのがうまく、会話のテンポも柔らかい。それでいて、ふとした沈黙や視線の外し方に、何かを隠しているような気配が残る人物でもあった。優しく見えるから信じたくなる。だが、すべてを預けるにはどこか引っかかる。志尊はその違和感を、分かりやすい不穏さではなく、日常の表情の中に忍ばせていた。この“近づきやすいのに、完全には信じきれない”感覚は、『SAKAMOTO DAYS』のX(スラー)にも重なっている。
『SAKAMOTO DAYS』で志尊が演じるのは、X。坂本太郎(目黒蓮)の命を狙う、物語の中でも重要な敵役である。原作人気の高い作品の実写化ということもあり、アクションの迫力やキャラクター再現度に注目が集まるのは当然だろう。だが、Xに必要なのは、画面に現れた瞬間、作品の空気を変えること。明るさやコミカルさもある物語の中に、ひやりとした緊張感を持ち込むことだ。
志尊が演じるXは、怒鳴ったり、感情を大きく動かしたりして怖さを出すタイプではない。むしろ、表情も声も落ち着いている。穏やかに見えるからこそ、何を考えているのかが読めないし、次に何をするのかも見えてこない。どこか柔らかな印象を残したまま、底の見えない怖さを漂わせるとでもいうのだろうか。アクションのテンポが速い作品の中で、その静けさが妙に印象に残った。
一方、『10回切って倒れない木はない』で志尊が演じるキム・ミンソク/青木照は、幼い頃に両親を失い、韓国財閥の養子となった人物。養父ジョンフン(オ・マンソク)の死をきっかけに立場を失い、東京のホテルへ左遷される。第1話の序盤では、韓国の家族と向き合う場面が韓国語で描かれ、信じていた場所から押し出されていくミンソクの痛みが一気に伝わってくる。志尊にとって韓国語での演技は大きな挑戦だが、単なる語学面の見どころにとどまらず、ミンソクが韓国で家族の一員として生きてきた時間を感じさせる要素にもなっている。
東京に来てからのミンソクは、居場所を失った苦しみを抱えながらも、すぐに弱さを見せる人物ではない。けがをした韓国人旅行者を助け、診療所で桃子(仁村紗和)と出会う場面にも、自分が追い詰められていても目の前の人を放っておけない人柄が表れている。相手を大切に思うからこそ、踏み込むべきか、引くべきかを考えてしまう。その不器用さの中にある優しさを感じられるのは志尊の演技の真髄でもある。
親しみやすさや優しさは、志尊淳の大きな魅力であり続けている。ただ、今の彼はそこからさらに、読めなさや危うさまで見せる俳優になっている。柔らかな佇まいの奥に別の顔を感じさせることで、画面の空気を少し変える。『SAKAMOTO DAYS』と『10回切って倒れない木はない』は、志尊が俳優としてさらに幅を広げていることを伝える2作だ。まったく異なる役柄が並ぶこのタイミングだからこそ、両作品を通して、彼の表現の振れ幅をじっくりと味わいたい。