『風、薫る』は“看護”にどう向き合うのか 制作統括が明かす配役の裏側と学校編のポイント

 現在放送中のNHK連続テレビ小説『風、薫る』。第5週からは、主人公のりん(見上愛)と直美(上坂樹里)が看護婦養成所に入所し、いよいよ本格的な「看護学校編」がスタートした。まだ「看護」という概念が広く知られていなかった明治時代を舞台に、西洋のナイチンゲール式看護を学び、未開の道を切り開いていく女性たち。時代背景に合わせた「見た目」の変化から、医療ドラマとしてのリアリティの追求、個性豊かなキャスト陣の裏話、そして激動の明治時代に込めた現代へのメッセージまで、制作統括・松園武大に今後の見どころをじっくりと聞いた。

「看護」がまだ知られていなかった時代を描く意味

ーー第5週から、りんと直美が看護婦養成所に入所しました。新たな章のポイントから教えてください。

松園:一つの大きなポイントは、まだ「看護」を専門的に行うことが当たり前ではなかった時代に、主人公のりんと直美たちが未知の世界へ飛び込んでいく点です。一つ一つ壁にぶつかりながらも、周囲と向き合い、理解を得ることで困難を乗り越えていく姿が見えてきます。まずはりんと直美の同級生たちの絆がどう結ばれていくかを描き、そこから黎明期の看護の世界に触れていきます。その後はいよいよ病院での実習が始まります。医師や患者さん、そのご家族、あるいは病院に以前からいる「看病婦さん」と呼ばれる方々など、まだ看護への理解を得られていないあらゆる環境の中で、主人公たちがどう一歩一歩進んでいくのかにご注目ください。もちろん、りんと直美の関係性も、少しずつ唯一無二のバディといいますか、お互いになくてはならない存在へと育っていきます。また、大きなターニングポイントになるのが、第7週から登場する仲間由紀恵さんが演じる患者・和泉千佳子夫人とのエピソードです。当時の手術成功率は今とは比べ物にならないほど低く、複雑な事情を抱える患者にりんと直美がどう心でぶつかっていくかが見どころです。

ーー第27話以降、りんたちの髪型が洋髪に変わり、実習服(看護服)を着るなど「見た目」の大きな変化も続きますね。

松園:20年頃の多くの女性は、和装に日本髪が当たり前の時代でした。これまでの同時代の“朝ドラ”でもそう描かれたきたと思います。その点において本作は、西洋の「ナイチンゲール式看護」がベースにあるため、見る人が見れば当時の最先端といえる、かなり珍しい装いになっています。日本髪は髪結いが必要で、鬢付け油を使うため一般的な当時の日本髪の女性は髪を洗う回数も限られていました。「患者さんの清潔を保つためには、自分たちがまず清潔でなければならない」という考えのもと、これまでにない新たな洋髪のスタイルが登場します。実習服に関しても、当時の白黒写真を参考に「こういう色だったのではないか」と番組オリジナルで制作しました。清潔を保ちながら動作がしやすい、ナイチンゲール式の考え方に則った機能的な格好であり、非常に新鮮味のある装いを楽しんでいただけると思います。

ーー髪型といえば、直美役の上坂樹里さんは実際に髪を切られたそうで。

松園:直美が断髪することは当初から決まっており、上坂さんにもご了承いただいていました。人生であそこまで短くするのは初めてとのことでしたが、彼女の役にかける強い思いを受け止め、我々も実際に髪を切る瞬間を本番一発勝負で撮影し、劇中のシーンとして届けました。切った後は「スースーする」と笑っていましたが、「髪を乾かすのも楽で癖になりそう」と気に入ってくれています。一方、見上さんの方は、撮影開始からしばらく日本髪が続いていたため、(劇中で)初めて前髪を作ったオン眉のスタイルになった時はすごく恥ずかしそうでした(笑)。ですが、周囲からの反響も良く、上坂さんからも「すごく素敵」と声をかけられ、ご本人も気に入ってくれています。

ーーバーンズ先生(エマ・ハワード)の指導も第6週以降の注目ポイントです。当時の看護教育としては、彼女の指導方法は一般的な姿勢だったのでしょうか?

松園:この時期の外国人教師の具体的な指導記録が分かる資料は見つけられませんでした。昭和に看護教育を受けた方々にも取材をしましたが、手取り足取り教えてもらえるような世界ではなく、「自分で考えなさい」と最後まで教えてもらえないことも多かったそうです。当時、看護見習生たちはわずか1~2年のカリキュラムで現場に出なければなりませんでした。1~2年で命と向き合い、自分で責任を負っていく現場に出ることを考えたとき、やはり「自らその問題に対して考える」ということを教育するのが何よりも大事なのではないかと思いました。そうした背景から、あのような厳しい先生として設定しています。ただ怖いだけでなく、奥底にある責任感や生徒への愛情も伝わる見応えのある役になっています。

ーー第4週まではかなりのスピード感でしたが、第5週の看護編からは非常にじっくり丁寧に描かれています。この尺の使い方にはどのような意図があるのでしょうか?

松園:当時まだ知られていない「看護」という道を2人がどう切り開いていくのかは、丁寧に描くべきだと思い、時間をたっぷり使う想定でした。実際に脚本を作っていく中で、患者さんやご家族との心の通い合いを描き切るには、当初のプロットで計算していたよりも、じっくり時間をかけて描いていく必要があると感じました。

ーー本作は精神論だけでなく、理論と科学に基づいた医療描写が秀逸です。脚本の吉澤智子さんは元々医療ドラマを多く手掛けられていますが、どのような議論をされましたか?

松園:吉澤さんのこれまでの経験があるからこそ描けることも多々ある中で、今回は非常に難しいポイントがありました。現代の私たちは、皆さんが看護の仕事や医療現場の常識をよく分かっています。しかし、それを「まだ知らない当時の人々」として描いていくのはかなり難しかったです。当時の病気に対する考え方と現代の考え方が違う中で、どこまで現代の視聴者に伝わるようにアレンジすべきか、当時の「まだ知らない感覚」をどう表現するかはかなり議論しました。1人の患者さんを描くときにも、モチーフとなっている大関和さんのエピソードも参考にしながら、「どういう患者さんと向き合い、何が課題でどう解決していくのか」をすり合わせました。ただ頑張ったという単純な話ではなく、患者さん本人の問題だけではどうにもならないこともありますし、すべてが完全に解決するわけでもありません。そうした看護という厳しい世界での彼女たちの歩みを描くための出来事については、吉澤さんとかなり丁寧に話し合っています。加えて、今回は「医師」と当時の「看病婦(看護師)」の立場や考え方を明確に分けて描くため、医事考証と看護考証の先生を別々に立て、細かく考証を経てマッチングに時間をかけました。ナイチンゲール考証では『看護覚え書』の解釈を専門家の方に見ていただき、キリスト教考証の先生にはプロテスタント教会の所作などを細かく指導していただいています。

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