『風、薫る』はなぜ主人公を2人にしたのか 視聴者も巻き込まれる明治の変革期
朝ドラことNHK連続テレビ小説第114作目『風、薫る』のはじまりはとても気忙しかった。前作『ばけばけ』が何も起こらないたわいない日常をのんびりゆっくり描いていたのと比べて、『風、薫る』は同じ明治時代のはじまりながらひじょうに急いでいる。タイトル『風、薫る』でそよそよした牧歌的な先入観で見始めたら、全く違っていた。まるで、朝ごはんを食べる時間がなく、トーストをくわえて外に走り出すような体感だったのだ。
第1週「翼と刀」は主人公の子ども時代で徐々に世界観に慣れていくのではなく、いきなり本役からはじまった。その理由は、主人公がふたりいるからだ。
今度の主人公は一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)。「御一新」こと明治維新が起こり、西洋式の看護学が日本に伝わった時代。栃木・那須の元家老の家に生まれた一ノ瀬りんと、生まれてすぐ親に捨てられ、教会で保護されて育った大家直美が同じ看護師養成所に入所し、手を携えて医療に従事していくバディものだ。
これがかつての『だんだん』(2008年度後期)のような双子の姉妹がWヒロインだったり、『青春家族』(1989年度前期)のような母と娘がWヒロインであれば楽だ。同じ家のなかにいるのでふたりのことを同時に描けるが、りんと直美はまったく育った環境が違う。しかも生活圏が栃木と東京で離れている。だったらいきなり養成学校時代から物語をはじめてもいいようにも思うが、そういう現代ものとはまた違う。あくまでも歴史を踏まえた物語なのだ。明治時代、医療の黎明期、女性の生き方の変遷などの背景を描く必要がある。当時もきっと、風の向きがどんどん変わって人々が翻弄されていたのだろう。その巻き込まれ感を視聴者に体感させる意図だと思えばいい。
ふたりの出会いまでがいわゆる子役時代(アヴァンみたいなもの)のようだとしても、血縁関係のないダブル主人公に一刻も早く出会ってもらわないとならない。そのため子役時代は描かない。第4話でりんの父・信右衛門(北村一輝)がコロリに罹って亡くなり、第5話では、語りをやっている辻占い師・真風(研ナオコ)が登場して直美に運命の出会いがあることを示唆したり、大山捨松(多部未華子)がりんと出会ってアメリカ帰りの先進的な女性像を印象づけたり。りんの妹・安(早坂美海)の縁談がふいになくなり、りんにいまいちな縁談がもちあがったり。エピソードがぎゅうぎゅう詰めで、ちょっともったいない印象も否めなかった。なんといってもお父さんの死に目に母・美津(水野美紀)や安が会えなかったのは悲しすぎた。
このように駆け足ではあるものの、広々とした栃木の田園風景や、薫るような風を感じさせようという工夫は随所に見られ、作り手がいろいろ試行錯誤しているのは見て取れる。Mrs. GREEN APPLEの主題歌「風と町」やタイトルバックのアニメーションなどもやわらかで清々しい。