『ばけばけ』は“『怪談』誕生のピーク”をなぜ1話分にしたのか 喜怒哀楽の先にあるもの

 最初のうちは異邦人の目で日本の素晴らしさを外国に伝える仕事をしてきた八雲が、日本に帰化して、松江、熊本、神戸、焼津、東京と日本列島の各地で暮らしながら、ついに日本人として日本人のための物語を残したのだ。そのため外国人に理解しづらい日本語を使用しているのだろう。それはセツが助手として関わっているからでもあろうと考えられる。セツが日本語に明るくない八雲に代わって執筆の手伝いをしていた。だからこそリアルな日本語の地名や用語が記されている。

 つまり、ドラマでいえば、商品名や地名などの固有名詞がたくさん出てくると俄然、リアリティが増し、受け手が自分ごととして物語を受け入れやすいというやり方である。例えば、地名や小説やミュージシャン名がたくさん出てきて観客の心をくすぐりまくって大ヒットした映画『花束みたいな恋をした』などがわかりやすい。

 小難しいことを考えたがりな筆者としては、トキが怪談を聞いてまわるのが、高齢者たちであること(少なくとも若者はいなかった)に着目した。高齢者から地域に伝わる伝承を聞くことの重要性。そうしないと歴史が失われてしまうから。小泉八雲は決して晩年に幼稚なものを書いたわけではなく、古くから日本に伝えられてきた日本人の、それもとくに貧しく恵まれなかった人たちの生活から生まれた物語を誰もがわかる形で残すという偉業を行ったのだ。小泉八雲が日本で見つめてきた日本の面影の集大成だったに違いない。

 『ばけばけ』ではそれがたった15分で描かれてしまった。そこをもっと丁寧に描いてほしかったとも思う。いや、序盤でも「怪談とは悲しいもの」と傳(堤真一)が言い、人柱になった人や貧しさゆえ凍死した子どもたちなどのことを物語にすることで悼み続けることであると定義されていた。だからこそ、繰り返しを得意とするふじきみつ彦には、ここをもう少し手厚くもう1度繰り返すことで、骨太な怪談論のようなものを書いてほしかった。

 だが、そういう小賢しい批評的な身振りをしないこともふじきみつ彦のよさでもあり、イライザのように「幼稚」と断じてしまいそうなふわっとやわらかなおふとんのような手触りの脚本を書く。そこに心地よさを見出す視聴者もいるのだ。トキとヘブンのわちゃわちゃ、それだけで満たされる視聴者も。

 筆者は考えたがりではあるが、そういう視聴者をも切り捨てたくはない。でも、ただただその瞬間の喜怒哀楽に流されないでほしいとも願う。その点、『ばけばけ』は楽しいだけで、へんな主義主張はない。作者の主張を極力排すことで、視聴者に想像の余地を残している。ふわっと寝心地のいいベッドマットの下に小さく固い豆が忍ばされているという童話のように。目をこらせば、登場人物の言動に感じる喜怒哀楽はどこからくるものか。いま目に見えているものの裏側に何かないか。もう一步、自分なりに考えることのできる物語だ。

 それはまるで、日本家屋の奥の間の暗がりのように。あの暗がりの向こうに何かが蠢いているのではないかと想像する。それが人間の生きる力だ。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

関連記事