『冬のなんかさ、春のなんかね』は“ふつうの恋愛”を問い直す 今泉力哉の新たな性愛解釈
第2話ではエンちゃん(野内まる)という新たなキャラクターが登場する。文菜の友人である彼女はロマンティック・アセクシュアルで、他者に恋愛的には惹かれるものの性的には惹かれず、性的な行為を含まない恋愛関係の構築に難しさを感じていた。文菜の本棚に刺さっていた本『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて』はアセクシュアルについてこう説明する。
アセクシュアルの人にとって、恋愛感情は性的魅力とは別個のものなのです。それは外から見ると変に思えるかもしれません。でもその感情が本物で激しく切実なものであれば、ほかの人の感情と同じではありませんか? 性的関係がない愛は完全な愛ではないと考えるのは、尻尾のない犬は決してハッピーではない(なぜなら犬は嬉しいとき尻尾を振るものだから)というのと同じことです。アセクシュアルの人にとって、性的魅力はあり得ないのです。
(ジュリー・ソンドラ・デッカー『見えない性的指向 アセクシュアルのすべて ——誰にも性的魅力を感じない私たちについて』上田勢子訳(明石書店、2019)p.38-39)
他者に性的に惹かれず、性的な行為もしたくないというエンちゃんは、恋愛的な惹かれと性的な惹かれを分別し、前者があるが後者はないとしている。それに対して文菜は他者との関係性について「性的なことが絡むか絡まないか」を重要な要素のひとつとしており、その恋愛と性の分けられなさゆえにエンちゃんに羨望の念を向けている。今泉はこれまでも恋愛や性的惹かれがわからない人物を描いてきた。『窓辺にて』の主人公は「だれかを好きだって気持ちがほかの人みたいには僕のなかには存在しないのかもしれない」というアロマンティックともとれる主人公を描いている(しかし劇中アロマンティックという言葉は出てこない)。
恋愛的な「好き」を問いつづけてきた今泉だが、今作では初めて「ロマンティック・アセクシュアル」という用語を用いてセクシュアリティを説明している。明確なラベリングを避けてきた今泉としては新たな方策ではないか。エンちゃんの今後にも注目したい。
まるで映画のようだと評されることも多い『冬のさ春のね』だが、ドラマであることに意味があるようにも思われる。1話ごとに私たちは生活に戻り、文菜たちの会話にいらだったり感銘を受けたことも忘れて日常をくり返す。第1話で文菜が言った「特別旅行とかしなくても近くにあるわけですよね、こういう非日常って。それに気づくが気づかないかってだけで」という台詞にあきらかなように、生活の中にこそ非日常的なドラマが潜んでいる。エピソードごとに空く1週間の間にこそ『冬のさ春のね』が立ち現れてくるのではないか。
小説家で古着屋バイトの主人公・文菜は、過去の経験から恋人と真剣に向き合うことを避けていた。そんな文菜が自分の恋愛を見つめ直していく。演出には、映画監督の山下敦弘と山田卓司も参加している。
■放送情報
『冬のなんかさ、春のなんかね』
日本テレビ系にて、毎週水曜22:00~放送
出演:杉咲花、成田凌、岡山天音、水沢林太郎、野内まる、志田彩良、倉悠貴、栁俊太郎、細田佳央太、内堀太郎、林裕太、河井青葉、芹澤興人
脚本:今泉力哉
監督:今泉力哉、山下敦弘、山田卓司
音楽:ゲイリー芦屋
主題歌:Homecomings 「knit」(IRORI Records / PONY CANYON)
プロデューサー:大倉寛子、藤森真実、角田道明、山内遊
チーフプロデューサー:道坂忠久
制作協力:AX-ON、Lat-Lon
©日本テレビ
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