2025年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】 映画館が担う“推し活”と没入体験の最前線

 2025年のアニメ界を振り返るために、アニメ評論家の藤津亮太、映画ライターの杉本穂高、批評家・映画史研究者の渡邉大輔を迎えて座談会を実施。

2025年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】 IPの世界的人気は“2016年の再来”か?

アニメ評論家の藤津亮太氏、映画ライターの杉本穂高氏、批評家・映画史研究者の渡邉大輔氏を迎えて座談会を行い、2025年のアニメーシ…

 『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』といった人気IP、テレビ放送の弱体化(海外制作アニメと配信モデル)などに触れた前編に続き、後編では、リマスター再上映や先行上映の拡大に象徴される「同じものを観る」文化の変化、映画館という場の役割がどのように更新されつつあるのかについて語り合ってもらった。

「同じものを観る」ということについて

『もののけ姫』©1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND

杉本穂高(以下、杉本):ジブリの人気は、国内と裏腹に海外では最高潮なんですよね。そう考えると、『もののけ姫』のリバイバル上映は重要なのかもしれません。

渡邉大輔(以下、渡邉):デジタルリマスターが進んだことで旧作のリバイバル上映が盛り上がった1年でもありましたね。実写映画でもここ数年多いですが、今年だとお話に出た『もののけ姫』に加えて『新世紀エヴァンゲリオン』30周年の再上映や押井守作品が話題になりましたね。最近はシネコンに行くと、いまが何年なのかわからなくなってくる(笑)。

杉本:さまざまな事情があるとは思いますが、劇場側としては、ハリウッド作品が少なくなっていることもあってスクリーンを埋める必要があるという事情があります。あとはやはり、新作よりも評価の確定している名作のほうが観客を呼びやすい。これはIP作品が強いのと似たような理由だと思います。観客側も、博打気分で新作を観にいくより評価が固まっている作品がいいという心理が働いているのかもしれませんね。来年以降もこの流れは止まらないと思います。

『ひゃくえむ。』©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

藤津亮太(以下、藤津):逆に新作、とりわけオリジナル作品がどのように観客を呼ぶかがさらなる課題になりますね。なかなかブレイクスルーがない。そのなかでも『ひゃくえむ。』は『BLUE GIANT』に近いかたちでうまく行った作品だったと思います。監督の個性がしっかりありつつも、原作の力も借りている。そうなると完全オリジナル作品がどう戦えばいいのかという話になりますね。

杉本:幸か不幸かはまだわかりませんが、グローバルにアニメの人気が高くなったことで国内だけでリクープする必要がなくなったのは大きいと思います。STUDIO4℃はずっとそういう方向性ですよね。さまざまなスタジオが今後そういう方針を取れるかどうかは非常に重要ですし、そのためには海外へのルートをより深く細かく開拓していく必要がありそうですね。もちろん国内でももう少し盛り上がって欲しいので、映画祭的な文脈をもっと広げていく必要があるという気がしますね。

『ホウセンカ』©此元和津也/ホウセンカ製作委員会

藤津:『ホウセンカ』の松尾亮一郎プロデューサーにお話を伺ったことがあるのですが、『夏へのトンネル、さよならの出口』の際にアヌシー国際映画祭に行って以降、国内とは違う評価を受け海外セールスでプラスに働くのを見て、個性的な作品を作るにはここもターゲットに入れないと駄目だと思ったそうなんですね。『ホウセンカ』はそこを意識して、アヌシーでは昨年ワーク・イン・プログレスを行い、今年はコンペインを果たした。一方、国内の上映館数は100を切って、作品のスケール感に合わせたある程度絞った形で興行を展開している。それが全ての作品でうまく行くかはさておき、いまの戦いかたとしてわかりやすい姿勢の1つだと思います。

杉本:『ホウセンカ』は文化庁の支援も受けていますよね。今後行政からの支援も増えていくと思うので、うまく取り入れていけるといいですね。個人的には『トリツカレ男』もそういう展開をしてくれると嬉しいです。興行的にどうなっているかはわかりませんが、結構動員は多いみたいですね。『トリツカレ男』のようにルックが異なる作品に挑みたい作家はかなり多いと思うんですよね。

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藤津:逆にIPが強い作品に目を向けると、『劇場版 呪術廻戦「渋谷事変 特別編集版」×「死滅回游 先行上映」』や 『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下、ジークアクス)がそうですがテレビアニメでやることを前提に、先行でやる形態も多くなりましたね。そういう意味では、アニメにおいてやっぱりテレビ局の存在感は薄いけどテレビの存在感はまだある。

杉本:総集編と先行上映がかなりヒットしました。仕掛けがうまかったのもありますが、もう少し待てば観られる『ジークアクス』の先行上映が40億円を超えたのは結構な事件ですよね。先行上映や総集編って、世界中探しても日本のアニメしかやってないんですよ。なぜアニメにだけこの形態が成立するのかは、最近の僕の中でも最大のテーマでもあります。クランチロールやGKIDSは、この文化を世界中に広めようとしていると思うんです。『ジークアクス』の先行上映もやりましたし、アメリカでは『ダンダダン』が先行上映されて初登場で7位か8位ぐらいに入っているそうです。

藤津:アニメ中興の祖である『宇宙戦艦ヤマト』が総集編で話題になったことからもわかりますが、総集編自体は昔からアニメで習慣的に行われてはいます。そのカルチャーが今年非常に爆発した印象がありますね。ただ、昔は総集編といえば言葉の通りアニメシリーズを短縮していたわけですよね。いまの総集編は『魔法少女まどか☆マギカ』が1クールを2つに分けて劇場版にしたように、ほとんど短縮しない。それなのに興行的に成功するのは不思議な感じがしますね。この文化が北米で成功したとなると、さらに積極的に輸出されていくのではないかと思います。そうなるとまた、「テレビシリーズ」が花形になってくるのかもしれない。 オリジナルのテレビシリーズがどういう仕掛けで海外に届いて、拡散されていくかというのがポイントになりそうです。

杉本:ビジネス的にも、1作品で2度儲かるわけですからすごく魅力的なんですよね。宣伝にもなるからいいことずくめです。「テレビシリーズ」というよりはシリーズもののアニメですよね。またこの事業モデルは、配信と劇場上映をどう両立させるかの1つの回答にもなっていると思っていて、世界中が真似してもいいんじゃないかと考えているんですね。『イカゲーム』とか、劇場で観たかった人も多かったと思うんですよ。

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渡邉:テレビで放送する/したものを劇場でも上映するというのは私が『新映画論 ポストシネマ』(ゲンロン)のころから論じていることに近いと思っているんですね。少し抽象的な話になりますが、いまの人たちは同じもの、自分がすでに知っているものを観たいという欲望が強い。これは私が旧世代の人間だからだと思うのですが、ゼミ生が同じ映画を何十回も観に行ったという話をしていて、その感覚が全くわからないんですね。文化消費、コンテンツ消費の感覚が「知ってるからこそいい」という方向に変わってきている。

藤津:YouTubeでも、再生回数を上げるために新曲をループ指定してずっと再生したりするという話を聞きます。同じ映画を何度も観に行くというのは10代~20代の行動の延長線上にあるというふうにも感じられますね。

杉本:推し活には深く関係していますよね。「推しに会いに行く」ために劇場に何度も通うし、その晴れ舞台を応援したいわけですから。

藤津:配信、テレビ、映画館がシームレスになった結果、BtoCビジネスの最前線がテレビじゃなくて映画館だということが再確認されましたね。配信がBtoB、ビジネスのなかだけで完結しているのに対して、観客が関与していけるBtoCの場が映画館と位置づけられそうです。テレビはBtoC要素はありつつ、受身のメディアなんですよね。

杉本:映画館の立ち位置がそういう方向に変わってきたともいえますね。ただ、それを上手くできているのはアニメだけだと思うんです。『国宝』はヒットしたけれど、再現性があるかといわれるとそうではない。

渡邉:蓮實重彦に言わせれば、何十回も応援上映に行って盛り上がる現代の観客たちは「醜い民主主義者たち」(『ショットとは何か』)なのかもしれませんが、映画館は今後そういう方向に変わっていくと私は思っています。ただ、この「同じ映画を何度も観に行く」というのも、入場者プレゼントが毎週変わったりして、少しずつ違っているんですよね。いわゆる「差異と反復」的な話ですが、同じだけど少し違ってバラエティーがあるということが大事なのかなと思います。

『ガールズ&パンツァー 最終章』©GIRLS und PANZER Finale Projekt

――映画館については、『ガールズ&パンツァー』(以下、『ガルパン』)のヒット以降アニメ映画の音響に対して注目が集まるようになりました。それから約10年経って、いまのアニメ映画における音響がどのように変わったか伺いたいです。

藤津:『アニメ音響の魔法 音響監督が語る、音づくりのすべて』(ビー・エヌ・エヌ)で『ガルパン』の音響監督である岩浪さんにインタビューしてた時にもおっしゃっていたのですが、現状Dolby Atmosが最終的な答えになってしまっているんですね。先ほどの興行的にテレビや配信との差異をどこで見せるかということを考えると、繊細な音まで綺麗に聞こえることがやはりある。その要請に応えようとしたとき、Dolby cinemaで公開される大作が増えたということが変化のいちばんの答えだというのが僕の印象です。自分の出身地である静岡の地元系チェーンのシネコンを見ても、1スクリーンは音にこだわったスクリーンが常にあるんですね。なので音響については映画館の生存戦略として定着したのだと思います。

杉本:『ガルパン』のときは「極上爆音上映」が非常に話題になりましたが、今はそうした特殊音響がコモディティ化しているようにも感じますね。 全体的に映画館の音響のクオリティが上がるにつれて差別化できる要因にはなりづらくなったことによって、デフォルトでもともとの音の良さが求められるようになってきている印象は受けます。

渡邉:特に『君の名は。』以降のこの10年は、まさに「音」という要素が映像における大きな要素になった10年でもあったので、『ONE PIECE FILM RED』や『竜とそばかすの姫』もそうでしたが、観客自身も音に注目してきたというのはありそうですね。

杉本:画面よりも音の方が調整しがいがあるのもありそうですね。それによって進歩も早いのかもしれません。3D映画があまりうまく行っていないこともあって、画面よりもやりやすいのかもしれない。

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渡邉:そのほかの作品だと、私のゼミ生にも大人気だった『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』は面白かったですね。本作も2016年の『KING OF PRISM』からの流れの延長線上にあると思います。

藤津:『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』はインタラクティブシネマとして面白い試みでした。『ヒプノシスマイク』(以下、『ヒプマイ』)が用いた投票システム自体は10年ぐらい前にできているのですが、 成功例が1本もなかった。ストーリー性が強い作品とインタラクティブは相性が悪いんですね。しかも自分が望まなかった選択肢に進んだ映画を最後まで観るというのはシステム的には可能でも、心情的には難しい。でも『ヒプマイ』は、「勝ち抜きラップ合戦」という仕組みにして、観客の評価が勝敗をわけるという形にしたのが、良かったと思います。しかも公式サイトでは、どこの劇場ではどのディビジョンがどれぐらい勝っているかが出ていたから、ファンはそれを見て、自分の推しのディビジョンが勝つ可能性の高いところに足を運べる。現状、歌ものの多い日本のアニメでは、導入したいと思うコンテンツも多いと思います。ただ、システムがかなり不安定のようで、セッティングがなかなか大変だったという話も聞きました。 10年かかって採用されなかった理由がいろいろわかりますね(笑)。 

『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』©ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- Movie

杉本:専用機器を導入しないといけないので、劇場をむやみに広げられないシステムですよね。  優勝できるのは1つのディビジョンだけなので、他のディビジョンのファンは悔しい思いをしてしまう。にもかかわらずいっぱいお客さんが来るというのは、推しチームが負けたファンにも満足できるような演出的な工夫がされていたようです。辻本監督にインタビューした際、ファンは推しのキャラのあらゆる場面を見たいから、勝った時だけではなく負けたときにどんな反応するのかみたいなことまで含めて、楽しんでもらえるように設計をしたというふうに語っておられたのが印象的でしたね。 負けたときのリアクションが大事で、そうじゃないと6分の1のお客さんだけが喜ぶ作品になってしまうという。

藤津:一方で映像的には非常に官僚的というか公職選挙法的というか、投票に影響が出ないように、各チームに平等にカット割りされていたのもおもしろかったです。一方のディビジョンの1人がアップで抜かれたら、次はもう片方のディビジョンの1人が抜かれるというのがわかるわけです。それを含めて面白い体験でした。

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杉本:今年私は、映画館がいま「推し活の最前線」であるということを書いたのですが、それを象徴する1本だったのかなという気がします。『KING OF PRISM by PrettyRhythm』が2016年だったことを踏まえると、この流れも10年間の変遷として言えそうですね。

藤津:2016年に応援上映が定着したタイミングのときに考えたのは、アニメにおける「ライブ化」とはなんなのかということでした。音楽業界では、だいぶ前にライブとライブで売るグッズに売上の中心がシフトしているという話があったんですね。そのなかでアニメにおける「ライブ化」がなんなのか、一時期答えが出ていなかった。2.5次元ライブはハードルが高くて全てのアニメに広げられるわけではないし、キャストやスタッフが出演する番組、トークイベントでもないだろうとなったとき、答えが応援上映だったというのがあると思います。

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