最新ツアーを映画館で体験　『ワールド・オブ・ハンス・ジマー：新次元へ』をいま観る意義

　とはいえ、本作には嬉しいことにハンス・ジマー本人も登場する。本作が撮られたポーランド・クラクフでの公演には、ジマーが出演し演奏もするのだ。どの曲の演奏にジマーが参加するのかは、鑑賞中のお楽しみである。しかしここではジマー本人よりも、演奏者たちがより前面に出て光を放つのである。演奏者のなかで“ソリスト”を務める者たちは、それぞれ一人ずつでステージに立っても成立するほどの存在感と表現力を備えている。一人ひとりがエンターテイナーであることが、この公演で求められるものなのだ。

　演奏の全体を支える中核的な存在「デザート・オーケストラ＆フレンズ」に加え、その音楽世界をより鮮やかに拡げるのは、ケニアから参加した「ナイロビ室内合唱団」。美しいハーモニーと高度な技術を誇るこの合唱団は、本作ではとくに『ライオン・キング』の楽曲で圧倒的な存在感を放つ。そのハーモニーは、身体性と精神性、そして歴史を背負っている。

　リサ・ジェラルドが歌う「グラディエーター」や、ジマー作品に不可欠である音色の豊富なリズムが、複数のパーカショニストたちによって視覚的にも強く印象づけられる「カンフー・パンダ」も楽しい。この曲では、「フルート・ガイ」の愛称で知られる驚異的なマルチプレイヤー、ペドロ・エウスターチェが、複数の中国の笛を吹き鳴らす。その横で三味線を演奏する着物姿の女性は、チェリストの村中麻里子（Mariko Muranaka）だ。

　村中は、シルク・ドゥ・ソレイユの公演で1000回以上の演奏を経験し、マドンナのワールドツアーではソロのチェロリストとして帯同もした、超実力派。ここでは、ジマーの楽曲の数々を演奏するだけでなく、その颯爽とした演奏姿も見事だ。「ワンダーウーマン」は、彼女をはじめ女性の力を象徴したパフォーマンスに心を打たれる。

　それだけでなく、「ザ・ロック」、「インセプション」、「プリンス・オブ・エジプト」などなど、本作で卓越した楽曲をまとめて聴いていると、ハンス・ジマーの音楽は、なぜこれほど多くの人の心を掴むのかに、思いを馳せざるを得ない。

　彼の音楽は、確かに西洋音楽の理論と技法を土台としている。しかしジマーは、それらを西洋音楽として完成させる方向ではなく、音楽そのものを、聴く者たちや演奏する者たちと楽しみ、時間を共有しようとする、原初的な試みに向かっていると感じられる。それこそが、映画によって世界の国々の文化へ越境するジマーの本質であることが、本作でよく分かるようになっている。

　そんな音楽世界が行き着いたのが、きわめてエモーショナルでありながら、同時に哲学的な深さをも獲得した、『DUNE/デューン 砂の惑星』の名曲だ。文明や人々の混成と、原初的な衝動……多くのものを巻き込みながら、言語や文化を乗り越えてきたハンス・ジマーの仕事を、この曲はダイヤモンドのように純化させたものであったことが、本作で美しい旋律が響くことによって、自然に理解できる。

　いま、音楽や映画界では、AIによる生成表現が急速に存在感を増している。それに対抗するかのように本作に満ちているのは、そうしたインスタントな結果がもたらすものとは真逆の豊かさ、贅沢さだ。音楽というものが、作曲者、演奏者たちが長年にわたって積み重ねてきたものだからこそ、価値があるという事実に、本作は気づかせてくれる。『ワールド・オブ・ハンス・ジマー：新次元へ』を観て、全身で音を浴びる行為は、人間の力や心情の強さを再確認することでもあるのだ。

■公開情報
『ワールド・オブ・ハンス・ジマー：新次元へ』
12月26日（金）～TOHOシネマズ 日比谷で特別先行公開
2026年1月より各地で公開
特別鑑賞料：一般3000円／学生・障がい者2500円
（劇場のスクリーン・座席タイプによってアップチャージ料金が発生する場合あり）
監督：マティアス・グレヴィング
撮影監督：クリストファー・シュテックレ
編集：ハーゲン・シェーネ
音楽：ハンス・ジマー
音楽ミキシング：アラン・マイヤーソン、Eva Reistad
製作会社：Semmel Concerts、RCI Global、Tomek Productions、ZDF、SONY CLASSICAL、Kinescope Film
配給：カルチャヴィル合同会社
2025年／ドイツ／4K / 5.1ch DCP／約140分（予定）
公式サイト：https://www.culture-ville.jp/twohz