盟友のように心を通わせる倍賞千恵子と木村拓哉 『TOKYOタクシー』は山田洋次の真骨頂に

 原作となった映画『パリタクシー』と比較すると、じつは物語の骨格や印象的なやりとりなど、かなり同じ内容、展開だといえる。しかし舞台を東京に移し替え、山田洋次監督が、初期作からの盟友といえる俳優・倍賞千恵子を撮っていることで、それがまた異なる作品として立ち上がってくるのが、本作の興味深いところだ。

 その理由は、最後に人生の思い出を辿っていきたいという、『パリタクシー』で描かれた高齢者のささやかな願いというものが、多くの人々にとって共感できる、普遍的な感覚に根ざしたものだからであるだろう。人生の終わりが近いと悟ったとすれば、一日だけでも思い出の地を辿りたいと思うのが人情なのではないか。そう思えば、『パリタクシー』のストーリー構造そのものが、題材として一つの定番になり得るほどの強度を持っていたことに気付かされるのである。だとすれば、さまざまな国のクリエイターや出演者たちによる『××タクシー』という企画がいくつも成立しそうだ。同じ物語運びだとしても、そこには多様な特殊性が宿ることになるだろう。

 本作のタクシーの旅が喚起する記憶は、幼少時における戦時中の空襲や、在日朝鮮人の若者とのロマンティックな恋愛、暴力的な夫への幾分マイルドになった反撃などが挙げられる。『パリタクシー』で語られた1950年代の社会の保守性は、本作で描かれる1960年代の日本においては、より女性にとって苛烈なものとなる。木村が演技で示してみせる、妻への愛情をはっきりと示せず、不用意な物言いをしてしまう点は、フランスと日本の文化の違い、社会の男女の立場の違いが、現代にも影響を及ぼしているという事実を際立たせている。しかし、『パリタクシー』における回想の時代の多くを生きていないクリスチャン・カリオン監督に対し、山田洋次監督の方は、自身が歴史の生き証人であり、大衆の目線で映画を撮っていたことが、作品の説得力や重みを増しているとも感じられる。

 だが、けっして余分な要素はない。物語の展開は『パリタクシー』同様シンプルなまま、ほぼ必要なシーンばかりで本作は構成されている。その語り口は、キャリアの終盤で過剰ともいえる装飾性によって観客を驚嘆させた、大林宣彦監督の演出法とは真逆だといえよう。もちろんどちらが正しいということはないが、山田監督の手つきは、アーティストというより職人そのものであり、その淡白な後味が気持ちいい。誰もが予想するラストの展開へとなだれ込み、スパッと幕を下ろす。そのなかで珍しく元の作品に加えられた味は、施設に入る直前ですみれが戸惑う描写と、その心を汲んであげられなかった浩二の、幾分かの後悔である。

 このホロ苦い後悔の味は、ややもすると甘くなりすぎる物語を引き締めながら、観客の心に課題を残しているものと感じられる。最後のカットにおける“ある表情”は、収まりの良い美談であることから一歩飛び出し、小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)などの要素を経由し、高齢の親を持つ世代が直面する問題や、それぞれの人生の意味を、さらに一歩進んで噛み締めようとするものではないだろうか。「観客が身につまされる」作品をいつでも目指してきた、山田洋次監督の真骨頂である。

■公開情報
『TOKYOタクシー』
全国公開中
出演:倍賞千恵子、木村拓哉、蒼井優、迫田孝也、優香、中島瑠菜、神野三鈴、イ・ジュニョン、マキタスポーツ、北山雅康、木村優来、小林稔侍、笹野高史
監督:山田洋次
脚本:山田洋次、朝原雄三
原作:映画『パリタクシー』(監督:クリスチャン・カリオン)
配給:松竹
©2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会

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