『ばけばけ』は朝ドラの中でも特殊な構成? 言葉ではなく“ドラマ”で描く価値観の変化
11月25日に公開された江藤知事役の佐野史郎のコメントは、このような価値観の違いをどうするかについて端的に語られている。
「『ばけばけ』の登場人物は、みんなが誰かを思いやっています。今、自分の権利や立場を主張してばかりで、相手を攻撃するようなことが増えているように感じることも少なくありませんが、価値観が変化していく中で、人にとって大切なものとは何かということを改めて問いかけている二人の物語であり、二人を取り巻く登場人物たちも葛藤しています。その答えは簡単には出せないものかもしれないけれど、現実を「怪談」というフィクションとして捉えることができれば、救われることもあると思います。
今回のテーマは、価値観の違う者同士がどうやったら一緒に共存できるのかということを諦めずに生きていきませんか?という問いかけだと思います。江藤を演じながら、役柄と自分自身という葛藤とも重ねて、常にそのことを問われ続けているように感じています。そのことを視聴者の方々とも共感できたらと思っています」(※)
『ばけばけ』のテーマはシンプルで、わかりやすく言語化することが可能だ。だが、劇中、登場人物は、そういう概念をほぼ口にしない。勘右衛門がある一定の年齢になったら所帯を持つものという常識に意外にも「これまでの我々の常識ではな」と異を唱え「人生と言うのは何が起こるかわからん」と言葉にしたことは画期的だった。でもそれも「いきなり春が来るかも」と抽象的な表現にとどまっている。
テーマ的なことをセリフで語らず、行動で見せようとしている。行動とは例えば、ドラマの構造の変化である。サブタイトルにもなっているウグイスのエピソードを例にあげてみよう。第41話でリヨがヘブンにウグイスを贈る。登場人物は誰もがウグイスと信じて疑わないが、視聴者の多くは、ウグイスではなくメジロではないかと感じる。目のまわりが白く縁取られているのはメジロという知識がある視聴者も少なくないからだ。
明治時代はまだそういった知識が世間に周知されていなかったかどうかはここでは問わない。何のツッコミもフォローもなく第41話は終了する。こういうときに機能しそうな蛇(渡辺江里子)と蛙(木村美穂)も無言である。SNSではそのままスルーすることに軽いストレスを感じたり、「まさか本気で間違えているのでは?」というネガティブな感情を抱く人も散見された。従来の構成であれば、15分の回のなかで正解(オチ)を示す。そのほうが精神衛生上誰もがすっきりするからだ。第45話のヘブンクイズのように、すぐに正解がわかるほうが気楽なのだ。ところが、ウグイスは次回に持ち越してしまう。結果的には第42話で新聞記者・梶谷(岩崎う大)がこれはメジロであってウグイスではないとトキたちに教えることになる。
配信でも見られ、視聴の仕方が多様化している時代、ウグイス登場の第41話、真実がわかる第42話と立て続けに鑑賞する視聴者もいるだろう。いまや1日15分しか見られないというルールも半分、あってないようなものだ。だからこそ、その回のうちに疑問を解消しない構成があってもおかしくはない。重要な謎ではなく、雑学クイズ的なことはその回で回収してしまったほうが誰にでも等しく情報が理解できる。そんな常識的な構成をあえて外していく。ウグイスと思い込んで1日経過してしまう視聴者がいてもいいではないか。こういった構成を選択することもまた価値観の変化のひとつであろう。
モノボケやクイズが本編の大部分を占め、明治時代なのに現代のようにキャッキャはしゃぐ人物に覚える違和感やなんともいえないモヤモヤは、武士の時代が終わった人たちの違和感と同じかもしれないのだ。つまり視聴者は「価値観の変化」を言葉でなくドラマを通して実感している。
第45話のエンディングも観念でなく、実感がそっと視聴者に手渡される。ヘブンが松江で気に入ったものを絵に描いているなかで、トキが生けた椿の一輪挿しの絵もあった。それに気づいたトキは、その晩の帰り道、ふっとスキップができるようになる。たったたった、わーいわーいとはしゃぐトキの声を、ヘブンは部屋で聞いて微笑む。言葉にすると野暮になる、なんともあたたかい気持ちになった。
参照
※ https://www.nhk.jp/g/ts/662ZX5J3WG/blog/bl/p7xRqmNdbW/bp/p0jeb2dwMA/
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK