阿部寛の“スター像”はいかに形成されたか 『テルマエ・ロマエ』から読み解く30年の軌跡

 11月22日、フジテレビ系『土曜プレミアム』で『テルマエ・ロマエ』(2012年)が放送される。筆者は前々から思っていたのだが、この映画ほど阿部寛という俳優が持つ強みを鮮やかに浮かび上がらせた作品は、他にないのではないか。

 本作は、ヤマザキマリによる同名漫画を原作とした、古代ローマ×現代日本の入浴文化交流コメディ。ローマの建築技師ルシウスが、突如として現代日本の銭湯へタイムスリップし、そこで得た知恵を持ち帰ってローマの浴場建築に革新を起こしていくという、奇抜すぎるストーリーだ。

『テルマエ・ロマエ』©2012「テルマエ・ロマエ」製作委員会

 古代ローマ人を日本人が演じる時点で違和感アリアリのはずなのだが、なぜか阿部寛が演じると妙な説得力を持ち得てしまう。日本人を「平たい顔族」と呼称しても、あの超濃口しょうゆ顔であれば「お前も平たい顔族やないかい!」というツッコミは完全に無効化される。彼は巨大な浴場セットのなかで、当惑した表情から威厳ある佇まいまでを自在に行き来し、“身体の強度”と“ユーモア”を同時に成立させる、稀有な俳優であることを示した。

 だが、その強すぎる存在感は、初期キャリアでは逆に足かせにもなった。中央大学在学中にノンノボーイフレンド大賞で優勝し、雑誌のカリスマモデルとして“時代の顔”になった阿部は、映画『はいからさんが通る』(1987年)で俳優デビューを果たすものの、その後しばらくは仕事の少ない時期が続く。

 元モデルという先入観に加え、189センチの長身が「相手女優とのバランスが合わない」という理由でキャスティングから外されることもあったという。モデル時代には最強アドバンテージだった巨躯が、一転してコンプレックスに。そんな不遇の時期を経て、舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』(1993年)で初めて役者として評価された経験が、その後のキャリアの分岐点となる。

『トリック』©テレビ朝日

 その後は順調にキャリアを重ねていくが、映画でもドラマでも脇役としての起用が中心で、強烈な個性を持ちながらも、どうしても作品の外枠に置かれがち。そんな状況を一気に変え、彼を主演級として強く印象づけたのが、30代半ばで出演した『TRICK』(2000年/テレビ朝日系)である。

 彼が演じたのは、物理学者・上田次郎。過剰な自尊心と妙に繊細な気質を併せ持ち、超常現象を真顔で否定し続ける“理屈っぽい変人”だ。阿部はこのクセツヨな役をクセツヨな芝居で演じきり、仲間由紀恵演じる山田奈緒子との掛け合いにも独特のリズムを生み出した。この変人キャラが人気を博し、阿部寛は「二枚目にもコメディリリーフにも収まりきらない主演俳優」として、認識されはじめることになる。

 続く『アットホーム・ダッド』(2004年/カンテレ・フジテレビ系)では、家事や子育てに奮闘する父親像を等身大で演じ、『ドラゴン桜』(2005年/TBS系)では、偏差値36の高校生をあの手この手で東大現役合格させようとする破天荒教師役を、爆裂アクトで表現。『結婚できない男』(2006年/カンテレ・フジテレビ系)では、こじらせ独身男・桑野を緻密に演じ切り、クセの強さを愛嬌へと変換する国民的キャラクターを作り上げた。

 この頃から阿部寛のスター像は、単なる二枚目やコメディリリーフに留まらず、どのようなジャンルでも中心に立てる俳優へと進化していく。

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