2025年秋ドラマのトレンドは“弱い”男? 『あんたが』『ちょっとだけエスパー』などから考察
『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』
一方、全く反省する気配がないのが『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ系)の主人公・久部三成(菅田将暉)だ。
三谷幸喜が脚本を手掛ける本作は、1984年の渋谷を舞台にした三谷の自伝的作品。久部は劇団の演出家だったが、横暴な態度が劇団員の反感を買い、劇団から追放されてしまう。その後、潰れる寸前の劇場を立て直すために、ダンサーやお笑い芸人とシェイクスピア劇をおこなうことで、久部は演出家として再起を計ろうとする。
当初は、横暴で独善的な男だった久部が、新たな仲間と出会うことで人の気持ちを思いやることができる優しい男に変わっていく物語になるかと思われたが、久部の独善的な態度は中々変わらない。だが演出家としては優秀で、久部の言葉によってダンサーや芸人は才能を開花させて変わっていく。
おそらく三谷は久部を通して、現代的な正しさから外れた場所にいる人間の魅力を描こうとしているのだろう。過去が舞台だからこそ成立する本作ならではのアプローチである。
『ちょっとだけエスパー』
そして、振る舞いこそ情けないがとても魅力的に見えるのが、野木亜紀子脚本のSFドラマ『ちょっとだけエスパー』(テレビ朝日系)の主人公・文太(大泉洋)だ。
本作は、謎の会社「ノナマーレ」の社員として働くエスパーたちが会社から命じられたミッションに挑む物語。
文太は、働いていた会社を横領の罪で解雇され家族も失ってしまった氷河期世代の中年男性。会社の命令で冴えない中年男性の文太が、ちょっとだけの超能力を用いて、世界を救うために奔走する姿はどこか滑稽だが、仲間たちからは慕われている。
明るく愚痴をこぼす姿にユーモアと悲哀を感じさせる大泉洋の演技が実に見事で、弱さや情けなさがダダ洩れだからこそ逆に信用できるという意味において、文太は中年男性の理想とも言える存在だ。
テレビドラマの中に、弱くて情けない男が増えているのは、古い価値観をアップデートして時代に適応しようとする男たちの姿に強い物語性があるからだろう。そして、変化が求められる中で、男としての自分の弱さや狡さと向き合い内省する姿に、多くの視聴者は魅力を感じているのかもしれない。