【追悼】仲代達矢さんの傑作群をいつまでも “モヤ”の魅力が凝縮された岡本喜八『斬る』
ヒーローは、「モヤ」なやつだからこそ、カッコいい。岡本=仲代コンビのもうひとつの代表作『殺人狂時代』(1967年)とも共通するエッセンスだ。これらのイメージが、のちに『機動警察パトレイバー』シリーズの後藤隊長のモデルとなったというメカニックデザイナー・出渕裕の証言もある(特に『斬る』は、キャラ的にも、芝居的にも、若手を導く中年という構図的にもかなり近い)。
『斬る』は東宝作品でおなじみの顔ぶれが脇を固める一方、農民上がりの駆け出し侍・田畑半次郎役の高橋悦史、若侍チームのリーダー格・笈川哲太郎を演じる中村敦夫、侍を憎んでやまない地元の三下ヤクザ役の樋浦勉(若い!声優ファン必見!)、雇われ討伐隊を率いる荒尾十郎太役の岸田森など、当時のイキのいい演劇人たちが勢揃いしていて壮観だ。そのなかで、いち早く成功を収めた演劇界の大スター・仲代達矢が後輩の仲間たちと楽しそうに共演する姿はそれだけで眼福であり、看板役者としての貫禄と余裕も感じさせる。その軽妙な芝居は、岡本喜八監督のリズミカルな演出ともぴったり息が合っており、まさに両者の絶頂期の作品と言える。デヴィッド・フィンチャーとブラッド・ピットのコンビ作で例えれば『ファイト・クラブ』(1999年)に匹敵すると言っても過言ではない。
仲代さんと岡本喜八監督は、監督のデビュー作『結婚のすべて』(1958年)から遺作『助太刀屋助六』(2002年)まで、13本の劇場長編作品で組んでいる。『斬る』はもちろん、主演作『血と砂』(1965年)『大菩薩峠』(1966年)『殺人狂時代』あたりは言わずもがなの傑作なので何も言わずに観てほしいが、ナレーターをつとめた『日本のいちばん長い日』(1967年)と『肉弾』も、重要なコラボレーションとして改めて記憶にとどめたい。ともに悲惨な戦争体験の記憶を持つふたりだからこそ、岡本監督は信頼を込めて、彼の語りに自身の心の声を託したように思える(仲代さんが12歳のときに山の手で空襲に遭い、手を繋いで一緒に逃げていたはずの少女が「手」だけになっていたという記憶は、彼が“忘れてはならない戦争の現実”として近年たびたび語ったトラウマである)。
岡本監督が仲代さんの“モヤ性”を存分に活かした最後の作品が、『斬る』と同じく山本周五郎原作に挑んだ時代劇ドラマ『着ながし奉行』(1980年)だ。これは時代劇専門チャンネルの配信でも視聴可能になったので、未見の方にはぜひ観ていただきたい。原作はこれまで何度も映像化された人気作『町奉行日記』。新任奉行の身分を隠し、遊び人を装ったまま街の腐敗を一掃してしまう主人公・望月小平太(仲代達矢)の活躍を描いた作品だが、いま思い出しても吹き出してしまうほど楽しいシーンを散りばめた痛快作である。『斬る』で共演した岸田森や今福将雄(正雄)、そして仲代さん主宰の俳優養成所「無名塾」の塾生だったころの役所広司や益岡徹も出演。なお、役所広司はのちに同じ原作を映画化した『どら平太』(2000年)に主演したが、面白さでは断然『着ながし奉行』のほうに軍配が上がる。
その軽妙な魅力を知れば知るほど、喪失感の大きさに打ちひしがれてしまうが、作品を観ればやっぱり笑みが零れてしまう。俳優・仲代達矢の芸域の幅広さを知るには、やはり岡本喜八監督と組んだ作品群がいちばん打ってつけなのではないだろうか。特に『斬る』は、その筆頭として推したい。