海外文化を“輸入”した小泉八雲の功績 『ばけばけ』トミー・バストウが体現する人物像とは

“オープン・マインド”な小泉八雲を作った波乱万丈の半生

 八雲自身も、新しい環境に積極的に向き合おうとするスタンスがあった。39歳で日本に来るまでの八雲は、実に多彩な人生を歩んできた。アメリカ人研究者のO.S.フロストによる評伝『若き日のラフカディオ・ハーン』(西村六郎訳、みすず書房)によれば、ギリシャで生まれ、アイルランドのダブリンに移り住んだ八雲の家は、早くに母親が家を出てしまい、軍医だった父親も赴任先のインドから戻る途中で病死してしまう。

 面倒を見てくれていた大叔母も財産を失い、八雲は学校を辞めて心機一転を図ろうと、19歳でイギリスからアメリカに渡る。ニューヨークからオハイオ州のシンシナティへと行き何年か働いたあと新聞記者となった八雲は、そこで白人と黒人の混血女性と結婚する。もっとも、当時の風潮ではこうした結婚は認められず、八雲は新聞社を辞めることになる。

 やがて妻とも不仲になって離婚。そしてルイジアナ州のニューオリンズへと住まいを移し、新聞記者の仕事をしながら翻訳や評論のような活動を始め、文芸部長という地位にまで上り詰める。八雲はゾラやフローベール、モーパッサンといった同時代のフランス文学を英語に翻訳して紹介した。今も世界中で読まれている作家ばかり。八雲の目の付け所の良さを感じ取れる。

 離婚したとはいえ黒人との混血女性と結婚し、ニューオリンズというフランスやアフリカの文化も混ざった土地に飛び込んでいったあたりに、八雲のスタンスが異文化に対してオープンなものだったことが伺える。日本でもこれが発揮されたのだろう。ドラマで八雲のモデルとなったヘブンを演じているトミー・バストウが、日本だからと下に見ずあらゆるものを受け入れようとするオープン・マインドな態度は、実際の八雲を写したものだと言えそうだ。

“日本への興味”を芽生えさせたエリザベス・ビスランドの存在

 八雲の日本への興味はどのように浮かんだのか。鍵となるのが、ニューオリンズで八雲の同僚だったエリザベス・ビスランドという女性。『マッサン』で主役を務めたシャーロット・ケイト・フォックスがドラマの第10話で演じ、誰だと思われたイライザ・ベルズランドのモデルとなった人物だ。

 ビスランドはやがて八雲の下を離れ、『コスモポリタン』誌の仕事で世界一周ルポを書き、その途中で日本にも立ち寄っていた。八雲もすでにニューオリンズを離れ、『ハーパーズ』誌の記者として西インド諸島の滞在記を書いていたが、ドラマでベルズランドがヘブンに日本のことを書くよう促したように、八雲もビスランドから刺激を受けて日本旅行記を書こうと考えたのだろう。

 そして、『ハーパーズ』の記者として日本に来たものの、トラブルがあって仕事を辞めてしまう。和田久實監訳の『小泉八雲 日本の心』(彩図社)に収録の「小泉八雲年譜」によれば、八雲はビスランドの紹介状を持って横浜にいたアメリカの海軍主計大佐を訪ねて知遇を得る。そして、長く日本で教えていた東大教授のチェンバレンや、ニューオリンズ時代に取材した万博で知り合った文部省の服部一三の紹介を受け、松江に教師の職を得る。

 ドラマでヘブンが舟で松江に降り立つまでにも、きっと同じような経験があったのだろう。そう思うと、バストウが演じるヘブンに対する見方にも、物珍しさからはしゃぎ回る外国人といった表面的なものとは違った奥行きが生まれてくるはずだ。

 八雲は松江でセツと出会い、セツが語る日本の民話や伝承を英語に翻訳して海外で出版し、他の日本に関する著作とともに世界で名前を知られていく。この日本での14年間は、日本に来るまでの39年間に負けず劣らず濃密なものだったことは想像に難くない。

“アメリカで育ち、日本で開花した”小泉八雲の文体

 『若き日のラフカディオ・ハーン』には、八雲を作家として成長させ円熟させたのはアメリカで、日本は八雲に何も与えていないといった意味の文章が書かれている。確かに翻訳者や批評家としての下地は、もっぱらニューオリンズ時代に作られたものだが、訳者の西村は、日本という世界が関心を持った題材を得たこと、セツという八雲といっしょに作業した女性がいたことが、八雲を世界が注目する作家にしたと指摘している。

 「明晰単純でしかも格調の高い、古典主義の本家フランスでも高く評価されている文体は、ハーンが日本の学生たち、とくに松江、熊本、東京での学生たちに対する授業や講義において、また多くの取材にあたり、自分をよりよく理解させ、相手をよりよく理解するために」育まれ完成したと、西村は訳者あとがきに書いている。

 こうした2人の関係が、ドラマではこれから本格的に描かれていくことになる。お互いを必要として共に高め合っていく姿を見守る楽しみがありそうだ。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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