大ヒット&絶賛の声多数! 戦後80年の節目に映画『火の華』を観るべき理由

 新潟で闇の武器ビジネスに加わりつつも、花火工場で働くことになった島田は、親方の藤井与一(伊武雅刀)や仲間の職人たち、与一の娘・昭子(柳ゆり菜)との交流によって、少しずつ傷を癒していく。「越後三大花火」をはじめ、新潟は花火が盛んな土地である。花火師の仕事にはやりがいがあり、仕事に手応えを感じ始めたとき、大会の打ち上げの火薬の破裂音を耳にした島田は、戦地での状況を思い出し、倒れ込んでしまう。

 苦悩する島田を捉えた下からのアングルから、夜空を彩る美しい花火の閃光が舞い散っていく光景には、それが美しいからこその、一種の皮肉がある。花火も銃火器も、同じように火薬が破裂することで機能するものだ。もし同じように、戦闘行為で誰かを殺害したり、仲間が死ぬことを経験したとすれば、彼のようにふとしたことでその記憶が蘇り動揺する経験を、誰もが度々味わうだろう。戦闘における殺傷は、その時だけでなく、人間のその後の生活に深くかかわり続けることとなるのだ。

 南スーダンに派遣された自衛官のうち、帰国後に2人が自殺し、1人が傷病で死亡したとの答弁書が閣議決定された事実もある。それぞれの死因にPKO業務との関連性があるかは認められてはおらず、自衛隊は個人情報として詳細を明かしていないが、イラクとアフガニスタンに派遣された米兵200万人のうち50万人が、帰還後も心の病を抱え、悪夢やアルコール依存、鬱病により、毎年約250人が自殺しているという、ショッキングなデータがあることも知っておくべきだろう。(※)

 本作のストーリーは、その後、急激な展開を見せる。元隊長の伊藤らが造反し、ある大事件を引き起こすのである。そして、日本政府に厳しい“選択”を突きつけることとなる。伊藤の行為は犯罪に他ならないが、その目的は、政府の欺瞞を国民に知らしめることだと考えられる。日本国民を助けるのか、それとも外交や保身のための選択をするのかを選ばせるという要求は、きわめて政治的なものだ。島田が果たして、この事態に何を選び取ろうとするのかを、劇場で目撃してほしい。

 このように、自衛官の一部が武力によって自国を試そうとする展開は、押井守監督の劇場アニメーション『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(1993年)を思い起こさせるものがある。そこでは、戦後日本の第二次大戦後の総括や自衛隊の在り方などを問うていたが、本作における日本政府への挑戦は、PKO問題に焦点が絞られている。

 そもそも、なぜ日本政府は平和憲法を守る立場でありながらPKOを推進し、自衛官を「非戦闘地域」だとして、その実、危険な地域へと派遣してしまったのか。それは実質的に、アメリカからの貢献の要求に応える目的があったためだと考えられる。劇中では、やはりその一番痛い部分を突き、アメリカとの関係と、自衛官を含めた日本人、どちらを守ろうとするのかを迫るのである。

 大貫妙子、坂本龍一による主題歌「Flower」が流れるラストシーンでは、中盤の打ち上げ花火の描写とは逆に、戦争の火が花火にかたちを変え、平和への祈りに変換されて映し出される。これは、かつて画家の山下清が言った、「世界中の爆弾が花火に変わったら、きっとこの世から戦争はなくなるのになあ」という言葉にも繋がっている。それは、この言葉に共鳴して大林宣彦監督が撮った映画『この空の花 長岡花火物語』(2012年)にも重なる表現だ。

 「Flower」という曲は、もともと坂本龍一が台湾の二胡奏者ケニー・ウェンのために作曲した「A Flower is not a Flower」が原曲としてある。ドキュメンタリー映画『路地へ 中上健次の残したフィルム』(2001年)で使用されたことでも印象深い、切なく静謐な楽曲である。そして、その曲の着想となったのは、唐代の詩人・白居易の「花非花」という漢詩にインスピレーションを得ているという。

 「花非花」は、恋や人生は一瞬のもので、はかなく夢のように消えていく無常感を表現した詩だと考えられている。とくに本作のシーンもあいまって、「花にして花にあらず(花非花)」という言葉には、花火を連想させるところもある。まさに一瞬の花火のように、いまある全ての感情や命は、長い歴史のなかで、いつしか消え去っていくことは避けられない。そんな世界に、白居易は美を見出し、坂本は音でそのテーマを表現したのだ。

 だが、「Flower」を作詞して歌った大貫は、はかなさを再び表現しながらも、その名の通り、“花”の存在を、触れられるものとして描き出している。つまり、白居易は存在のはかなさを見つめ、坂本は、はかなさそのものを音にした。そして、大貫はそのはかなさを、“在る”ものとして歌うのだ。そんな作り手たちのリレーは、本作に登場する花火職人の親方・与一と、島田ら花火職人たち、そして、花火の夢を断念し生花を扱う仕事を選んだ昭子の構図にも重ねられるところがあるのではないだろうか。

 花火ははかなく、本作『火の華』が映し出す祈りも、一瞬の高揚とともに忘れ去られてしまうかもしれない。どんなに映画が美しい夢や正義を語ろうとも、それが現実に反映され、世の中が好転しているだろうか。それは、ポジティブなメッセージを発信するクリエイターにとって、切実な現実だといえる。

 しかし、心ある作り手たちは、理不尽な暴力に溢れた世界を少しでも変えられるかもしれないと信じて、映画という“花火”を打ち上げ続けるだろう。“平和”への祈りが、いつか多くの人々がその手で実際に触れられる、本物の花に変わる日まで。

参考
※ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28221450W8A310C1EA3000/
※ https://www.nikkei.com/article/DGXKZO86144440V20C15A4MZC001/

■公開情報
『火の華』
ユーロスペースほかにて公開中
出演:山本一賢、柳ゆり菜、松角洋平、田中一平、原雄次郎、新岡潤、キム・チャンバ、ゆかわたかし、今村謙斗、山崎潤、遠藤祐美、YUTA KOGA、ダンカン、伊武雅刀
監督・編集・音楽:小島央大
企画・脚本:小島央大、山本一賢
主題歌:大貫妙子&坂本龍一「Flower」(commmons/Avex Music Creative Inc.)
エグゼクティブプロデューサー:成宏基
制作プロダクション:雷・音、OUD Pro.
製作・配給:アニモプロデュース
2024年/日本/シネマスコープ/5.1ch/カラー/124分
©animoproduce Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:hinohana-movie.com
公式X(旧Twitter):@hinohana_movie

関連記事