Elements Garden 菊田大介に聞く、『プリオケ』の独自性 “懐かしくも新しい”を生む仕掛け
バンクを使わない挑戦、“ライブアニメーション”としての進化
ーー音楽アニメにはこれまでも多く携わってこられた菊田さんですが、『プリオケ』ならではの独自性はどんな部分にあると感じますか?
菊田:他の作品と決定的に違うのは“無駄のなさ”ですね。たとえば必殺技のシーンに使われる「必殺技バンク」、いわゆる決め技シーンの定型映像って、普通はAメロからBメロまでをひとつ作っておけば、それを何度も使い回すことができるんです。ところが『プリオケ』はそれが一切できない。歌や口パク、キャラクターの動きにすべて個別のタイミングがあって、カットごとに音と絵を合わせる必要があるんです。だから、歌唱に合わせて口の動きを描く作画を一枚一枚作ったりと、相当細かい作業が発生しています。見ている側からすると気づきにくい部分かもしれませんが、実はものすごく手間のかかる挑戦をしている。ある意味で“ライブアニメーション”に近い感覚かもしれません。そういう緻密な部分にもぜひ注目してほしいです(笑)。バンクを再利用せず、新たに曲やアクションを合わせているので、音楽側も一曲ごとに映像設計を意識して作らなければいけない。テンポやブレイク、イントロの長さ一つとっても、映像の構成と密接に関わっています。結果的に、それが『プリオケ』らしい“生きた音楽”につながっているのだと思います。
ーー楽曲面では、タカラトミーとの商品連動も大きな要素になっていますね。
菊田:そうなんです。実は、玩具商品と音楽がここまで密接に連動するプロジェクトに関わるのは初めてでした。最初の段階から「イントロ部分で音声認識をさせよう」というアイデアが出て、「じゃあ変身バンクにイントロは絶対に必要だよね」となりました。『シンフォギア』でも変身バンクの流れに合わせてイントロが存在していましたが、『プリオケ』ではそれをさらに踏み込み、変身から戦闘まで流れを音楽で完全に支える設計にしています。普通のアニメなら、変身バンクのタイミングで曲が一区切りつくことが多いですが、『プリオケ』ではそこからも曲が続く。キャッチーなイントロを作り、そのイントロ部分が玩具の音声認識と連動して動作する仕掛けを意識しました。アニメと玩具、音楽が三位一体で成立しているのが、この作品ならではの面白さだと思います。
「ゼッタイ歌姫宣言ッ!」が導いた作品の方向性
ーー菊田さんご自身が「この曲は特に挑戦的だった」と感じた楽曲があれば教えてください。
菊田:最初のオープニングテーマ「ゼッタイ歌姫宣言ッ!」は、かなり苦心した一曲ですね。制作チーム全体の指針となるような楽曲にする必要があったので、コンセプトは見えていたものの、実際に絵やターゲット層を想定しながら音を組み立てていく過程で試行錯誤が続きました。サウンド面でも「今っぽくしすぎないけれど、幅広い層の耳に届くように」というバランスを取るのが難しかった。結果的に、作品に寄り添うというよりも“作品の顔”になった曲だと思います。タイトル通り、歌姫たちの存在を高らかに宣言するような、まさに『プリオケ』全体を象徴する楽曲になったと感じています。
ーーアイドル楽曲というジャンルについて、どのように捉えていますか?
菊田:まず、“アイドル”という言葉の意味自体がここ十数年で大きく変化したと感じています。80年代のアイドルは、ある種“偶像”としての象徴的な存在だったと思うんですが、そこからAKB48や『ラブライブ!』などの時代を経て、“青春”といったキーワードになっていった。そして2020年代に入る前後から、“推し”という言葉が定着したことで、アイドルという概念が一度“解体”されたように思うんです。いまは誰もが“自分の推し”を見つける時代で、みんなが「アイドル」と名乗らなくても、その対象は結果的にアイドル的な存在になっている。音楽ジャンルでいえば、わざわざ“ロック”という言葉を使わなくてもロック的な精神が存在するようなもので、形は違ってもアイドル的な熱量はどの時代にも確かにあると思ってます。
ーー『プリオケ』では「アイドル」ではなく「プリンセス(歌姫)」という言葉が使われていますよね。
菊田:いまの視聴者にとって、“歌姫”という言葉はもしかしたらあまり馴染みがないかもしれません。でも、僕の世代でいえば浜崎あゆみさんや安室奈美恵さん、青山テルマさんといったカリスマ性で人の心を動かす人が“歌姫”でした。今でいえばAdoさんやtuki.さんのような存在ですよね。『プリオケ』の音楽で描きたいのは、まさにそうした“歌で誰かの心を照らす”プリンセスたちの姿です。彼女たちは誰かにとっての“推し”であり、同時に、時代が変わっても消えない歌姫像の再解釈でもある。アイドルのようにステージで輝く存在ではなく、音楽にのせて世界を救う歌姫です。
“最先端を追う”より“本質”を貫く
ーー近年は、楽曲がTikTokなどのショート動画で消費されるスピードも非常に速くなっています。そうした環境の変化は意識されていますか?
菊田:正直に言うと、TikTok的な“バズ”はあまり意識していません。『プリオケ』の楽曲はバトルやドラマの文脈の中で成立しているので、短く切り取って成立する曲ではないんです。むしろ“切り抜かれないこと”も個性になると思っています。ただ、歴史的に見ても、音楽は常に時代のメディアとともに変化してきました。カラオケが流行ればカラオケ向けの曲が生まれ、MP3やiPodが登場すれば“耳で聴く”ことに特化した曲が生まれた。YouTube、着うた、そして今はTikTok……とそれぞれの時代に合った聴かれ方がある。だから僕は、その時々のプラットフォームの空気を感じながら、あえて“逆を行く”音楽が結果的に作品の個性になるとも思っています。FRUITS ZIPPERさんのようなアーティストがヒットしているのは、TikTokというプラットフォームとの相性が非常にいいからですよね。彼女たちが先というより、TikTokやショート動画の文化が先にあって、それに最もマッチした表現として彼女たちが浮上した。音楽の歴史って常にそういうサイクルを繰り返していて、新しい技術やメディアが生まれると、それに呼応する音楽が必ず出てくる。だからTikTokの次に何か新しいプラットフォームが登場したら、またそれに即した新しい音楽の潮流が生まれると思います。
ーー今の時代において、アーティストやクリエイターが生き残っていくために必要な要素とは、どのようなものだと思いますか?
菊田:やっぱり“新しいものを怖がらずに触ってみる”ということですね。音楽に限らず、何か新しいプラットフォームや技術が出てきたときに、それをまず使ってみる。仕組みを知らないままでは、今どんな人たちが、どんな媒体で音楽を聴いているのかが分からない。そうなると、当然どういう曲を作れば届くのかも見えてこないんです。僕もTikTokは普通に見ていますし、「いまこういうものが流れているんだな」と常に観察しています。倍速で聴く文化や、サビだけがバズる仕組みなども、実際に触ってみて初めて感覚がつかめる。だから、とにかく試してみることが大事なんです。そういう若者発信のカルチャーって、昔も今も変わらず流行の起点になっているんですよね。若い世代が盛り上がっているものって、数年後に必ず再び大きな波としてやってくる。
ーーアニメ音楽のように制作スパンが長いジャンルでは、そうしたスピード感への対応は難しそうですね。
菊田:そうなんです。アニメって企画から放送までの期間が長いので、今まさに流行っているサウンドを取り入れようとしても、実際に世に出るのは3~4年後になってしまう。だから、“最先端を追いすぎる”のはむしろリスクなんです。ブームの流れがどんどん早くなっている今、最新トレンドをそのまま取り込んでしまうと、公開時にはもう古くなっている可能性がある。その意味で『プリオケ』は、あえて時代に一歩遅れているようで、実は普遍的なテーマを描いている作品なんです。テクノロジーや流行の変化に合わせるのではなく、“歌で心を動かす”という本質を大切にしている。だからこそ、時代を超えて聴かれる音楽になっていくんじゃないかと思っています。
「“ライバー”さんの活動はかなりチェックしている」
ーー楽曲制作において、日々のインプットの部分で意識していることはありますか?
菊田:ライブ配信系、いわゆる“ライバー”さんの活動はかなりチェックしているかもしれません。Vtuberの配信やYouTubeライブ、ツイキャスなど、いろんな形の“リアルタイムな発信”を観察するようにしています。自分が積極的に発信することはあまりないのですが、若い世代がどういうテンションで話しているのか、何に反応しているのか、空気感を知ることは大事だと思っています。そういうところから、作品に必要な温度やスピード感を掴むことができると思いますし。もちろん音楽的なインプットもしています。映画を観たり、ライブを観に行ったり、普段聴かないジャンルの曲を聴いたり。ただ、最近は音楽そのものよりも、もう少し大きな“世の中の流れ”を見るようにしています。音楽をつくる以前に、まず“世相を観察する”。そこからフィルターを通して音に落とし込むようにしています。
ーー5年後、10年後を見据えたとき、アニメ音楽にどんな変化や可能性を感じますか?
菊田:おそらく、変わらず新陳代謝を繰り返していると思います。ファッションと同じで、音楽にも必ずリバイバルがある。シティポップが再評価されたように、20~30年周期で“かつての熱”が形を変えて戻ってくる。音の作り方や技術は変わっても、人が“いい”と感じる根本は変わらないんです。多くのクリエイターが、子どもの頃に感動した作品や音楽を大人になって自分の手で再構築している。だから、ある種の“憧れの循環”が文化を前に進めているんだと思います。『プリオケ』のような作品も、きっとその流れの中にある。“歌で世界を照らす”というテーマは、きっとこれからも形を変えながら生き続けると思います。
■放送情報
『プリンセッション・オーケストラ』
テレ東系にて、毎週日曜9:00~放送
出演:葵あずさ(空野みなも/プリンセス・リップル役)、藤本侑里(識辺かがり/プリンセス・ジール役)、橘杏咲(一条ながせ/プリンセス・ミーティア役)、下野紘(ナビーユ役)、小林千晃(カリスト役)、千葉翔也(ギータ役)、榎木淳弥(ベス役)、武内駿輔(ドラン役)
企画原案:金子彰史
製作総指揮:上松範康
原作:UNISON/キングレコード
監督:大沼心
助監督:関根侑佑
シリーズ構成・脚本:逢空万太
キャラクター原案:島崎麻里
キャラクターデザイン:秋山由樹子
色彩設計:長谷川美穂(緋和)
美術監督:平間由香、大崎唯(アトリエPlatz)
撮影監督:木田健斗(チップチューン)
3D監督:濱村敏郎(ワイヤード)
編集:木村勝宏
音響監督:本山哲
音響効果:安藤由衣
録音調整:安斎歩
音楽:Elements Garden(菊田大介、笠井雄太、竹田祐介)
音楽制作:キングレコード
アニメーション制作:SILVER LINK.
©Project PRINCESS-SESSION
公式サイト:https://princess-session.com/
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