『いつか、無重力の宙で』はなぜ視聴者の心を掴んだのか 人生の尊さが詰まった“青春”作に
このドラマは、4人の絆の原点である高校時代の回想がたびたび挿入され、過去と現在を行ったり来たりする構成になっている。だから16〜17歳の飛鳥(田牧そら)・ひかり(上坂樹里)・周(白倉碧空)・晴子(山下桐里)と30代の4人の境目がシームレスであることが必須要件だ。これを、8人の俳優たちが見事に成し遂げている。
しかもそれぞれが「そのままストレートに大人になった」のではなく、同じ人物であることは間違いない(と感じられる)のに、各々違う経験を経て今があるという「十余年の歳月」がきちんと人物に乗っかっている。キャスティングの絶妙さはもちろんのこと、脚本の中でそれぞれのキャラクターが鮮やかなメリハリで書き分けられていて、人物の「芯」の部分を演出部と俳優部がしっかりと共有できているからであろう。
「大人になるにつれ、この世界の重力は少しずつ大きくなっている……気がする」
本作はこんなナレーションで物語の幕が開く。しかしこのドラマは単に「あの頃はよかった」というセンチメンタリズムに終始していない。いろんなしがらみや「重力」がのしかかってくるけれど、大人になれば、そのぶん知恵も増える。同じような出来事に面しても、大人だからこその対処の仕方が良きに働くことがたくさんある。大人には大人の良さがある。
たとえば、ひかりは高校2年の夏にがんを発症する。みんなから「太陽みたい」だと評される彼女は、自分が抗がん剤で毛が抜け、弱ったところを見せたくない、3人を悲しませたくないという理由から突然姿を消す。
特に仲間への愛着心が強い周は、一言も残さずにいなくなったひかりに腹を立て、彼女を自分の心の中から消そうとする。ひかりも周も、若さゆえの「0/100理論」の言動だ。
しかし大人になって再会した4人は、きちんと自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちに耳を傾け、たまには相手に甘え、相手を抱きしめる術を知っている。互いに会わない十余年間の経験で培われたものを持ち寄ったから、腹を割って話せることがある。素人が人工衛星を開発して宇宙に飛ばすという無謀なチャレンジを成し遂げられたのも、4人それぞれの経験値があったからこそだ。
『いつか、無重力の宙で』は「コミュニケーションの物語」だと強く感じる。人は一人では生きていけない。誰かと関わり、影響しあって、頼って頼られて、初めて何かを成し遂げることができる。人間社会も、太陽系の惑星も、相互に作用し合うことで成り立っている。人工衛星を飛ばすことも、地球人と宇宙のコミュニケーションではないか。
会社の仕事をなんでも一人で抱え込みがちだった飛鳥は、「それ、分けられへんの?」という周の指摘にハッとする。ひかりは高校2年のときの悲しい断絶を繰り返すまいと、3人に頼ることを覚えた。宇宙にあまり詳しくなくて、ほかの3人におんぶにだっこだった周は、デジトーカで衛星から音声を降ろすときに必要な無線免許を必死に勉強して取得した。晴子は、3人と、愛する息子の岳(鈴木来希)に背中を押されて、「宇宙に向かって一直線」だった高校時代の情熱を再燃させた。
最初は渋々プロジェクトに参加していた和泉ゼミの大学生・彗(奥平大兼)は、それまでなんでも個人プレイでやり遂げてきた秀才で、人と関わり合うのが苦手だった。ところが、だんだん4人の熱意に巻き込まれ、かつて教授の和泉に言われた「一人では宇宙に行けない」ということを身をもって実感していく。
第6週で、ひかりは亡くなってしまう。ところが、ひかりの宇宙への熱情と、何があっても夢をあきらめない気持ちが、飛鳥・周・晴子・彗に宿っているのがわかるのだ。姿はなくとも、ひかりはずっとそこにいる。肉体はなくなっても、思いは死なない。それを引き継ぐ誰かの中で、人は生き続けることができる。このドラマが描く、生死の垣根を超えたコミュニケーションに胸が熱くなる。
度重なる試行錯誤と失敗を乗り越えて、飛鳥・ひかり・周・晴子・彗・和泉、そして「OSUMI BASE」に参加した学生たちの思いを乗せた人工衛星「ひかり」は無事JAXAのロケットから宇宙に放たれた。第31回では、宇宙から地球の姿を撮影して飛鳥たちのもとに届けることができた。残るはデジトーカから飛鳥たちの「地球を見たときのコメント」を数百キロ離れた宇宙から降ろしてくるというミッションだ。
『いつか、無重力の宙で』は、一般人が人工衛星を宇宙に飛ばすという壮大な挑戦をする物語だ。しかし、なんらかのミラクルによってそれが叶えられたわけでも、ミッション完了後に飛鳥たちの人生が劇的に変わるわけでもない。
どんな偉業も、地道で小さなやりとりと、ひとつひとつの積み重ねの先にあり、そのプロセスこそが大事なのだと、このドラマは伝えている。かつて月に降り立ったニール・アームストロングが発した「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」という名言も、この哲学を言い表している。
寄り道も途中経過も、人生のすべてが無駄ではない。思いの種火さえ消さなければ、一度諦めた夢でも、違うかたちで叶うことがある。それは、たとえ肉体がなくなってもだ。だから、生きているうちに会いたい人に会って、できるだけやりたいことをやって、そしてやるべきこともやろう。そんな気持ちにさせてくれるドラマだった。はたして最終回では、どんな景色を見せてくれるのだろうか。
■放送情報
夜ドラ『いつか、無重力の宙で』
NHK総合にて、毎週月曜から木曜22:45~23:00放送
出演:木竜麻生、森田望智、片山友希、伊藤万理華、奥平大兼、田牧そら、上坂樹里、白倉碧空、山下桐里、鈴木杏、生瀬勝久
天の声(語り):柄本佑
脚本:武田雄樹
制作統括:福岡利武
音楽:森優太
主題歌:吉澤嘉代子「うさぎのひかり」
プロデューサー:南野彩子
演出:佐藤玲衣、盆子原誠、押田友太
写真提供=NHK