『ばけばけ』寛一郎に改めて魅せられる わずか4週で物語の温度を変えた銀二郎の存在感

 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第4週「フタリ、クラス、シマスカ?」では、トキ(髙石あかり)が銀二郎(寛一郎)のもとを去って、松江に帰ることを決意する週となった。

『ばけばけ』写真提供=NHK

 トキにとって早い段階で人生の選択を迫る存在として登場した銀二郎だが、わずか4週での退場は視聴者に大きな余韻を残した。朝ドラはヒロインの人生を広げていく物語が多い一方で、『ばけばけ』はその序盤で傷を刻み込んだことになる。ここには、本作が恋愛劇ではなく時代のなかで生きる女性の物語を描こうとしている姿勢が表れている。

 銀二郎は、因幡の貧しい武家に生まれ育った人物として描かれてきた。その硬さは気質ではなく生活の名残りであり、声の小ささや眉間の張り詰めた表情が、そのまま彼の人生の息苦しさを示していた。言葉数こそ多くないが、肩の力が抜けないまま人と向き合ってしまう不器用さが、かえって誠実さとして観客の胸に触れる。さりげない沈黙や、感情を噛み殺すときの視線の揺らぎなど、寛一郎の演技は苦境を説明しない演技によって存在を成立させていたと言っていいだろう。

 寛一郎の俳優としての道のりは、2017年のデビュー以来、着実に表現力と批評的な評価を積み上げてきた。『心が叫びたがってるんだ。』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』といった実写映画でキャリアを歩み出すと、2018年には事実上のデビュー作と位置づけられる『菊とギロチン』で強烈な注目を浴びた。同作での演技は、助演男優賞や新人賞を多数受賞し、その才能が“血筋ではなく実力”に支えられていることを早くも証明している。その後もNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をはじめ、『せかいのおきく』『ナミビアの砂漠』など、歴史劇から小規模なインディペンデント作品まで幅広く出演。固定されたイメージに留まらず、作品ごとにまったく違う顔を見せられる俳優として、少しずつ存在感を広げてきた。この積み重ねが、今回の『ばけばけ』における説得力を裏付けている。

『ばけばけ』写真提供=NHK

 寛一郎はインタビューで、「役者の家に生まれたメリットとデメリットは半々」と語っている(※1)。注目される速度は早いが、常に比較の眼差しを背負わざるを得ない現実を真正面から引き受けたうえで、彼はじっくりと役と向き合いながらキャリアを積んできた。銀二郎は長いセリフや劇的な破綻によってキャラクターが記憶されるのではなく、ヒロインの側にいることが役割となる。この類の役は、演じ手の力量が不足していればテーマ性を成立させられない。逆に言えば、わずか4週でも作品の芯を捉えられる俳優であることを証明できる。寛一郎はまさに、物語の空気を変える俳優だろう。短い出演でありながら、その余韻が物語に残り続けていくはずだ。

 その父・佐藤浩市は現在、『ザ・ロイヤルファミリー』(TBS系)とNetflixシリーズ『匿名の恋人たち』の2作に出演している。いずれも存在感だけで場の空気を引き締め、物語の核となる人物として立つ役どころだ。こうした役を長年任され続けてきた父の姿を見て育ったからこそ、寛一郎の演技にも言葉に頼らずにたたずまいで人間を成立させる力が自然に宿っている。目線ひとつで心情を伝える静かな演技の強度には、まさに父の血を引く表現者としての説得力を感じさせる。

『ザ・ロイヤルファミリー』©TBSスパークル/TBS

 大きな台詞や劇的な見せ場ではなく、そこにいた時間の密度で記憶される役柄だからこそ、その退場には余韻がある。わずか4週という短さですら十分だったのは、寛一郎という俳優が、存在感そのものを演技に転化できる人だからだろう。父から継いだ土台の上に、自分だけの表現を重ねていく歩みの中で、今回の銀二郎役はひとつの節目になったと言えるはずだ。

参照
※ https://fujinkoron.jp/articles/-/16010

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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