『ばけばけ』はなぜ異質なのか? “言葉にできない感情”と“語り継ぐこと”が映す新しさ

 『ばけばけ』が他の朝ドラと明確に異なる点は、親子の物語の描き方にもある。トキを見守る傳(堤真一)とタエ(北川景子)は、実の両親でありながら、その事実を表に出すことができない。二人は親としての感情を抱きながらも、それを口にすることも、態度で示すことも憚られる関係にある。『カムカム』では親子が断絶を乗り越え、再会を果たす感動があったが、『ばけばけ』が描くのは、そうした“名乗り”さえ叶わないまま、すれ違いと想いの揺れの中で暮らす人々の姿である。言葉にできない愛情。抱きしめられない距離。そのもどかしさこそが、『ばけばけ』の根底を流れる情緒を形づくっている。

 そのなかで、トキが唯一手放さないものがある。それが怪談だ。物語を語ること、人の恐れや悲しみ、怒りを形にして誰かに伝えること。幼いころに祖父から聞かされた怪談は、トキにとって世界とつながる唯一の手段だった。家のためにあらゆることをあきらめてきた彼女が、怪談だけは捨てなかった。それは、夢というには小さくても、魂の灯火のようなものだったのだろう。

 そこに登場するのがレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)である。異国からやってきた彼は、西洋の価値観を持ち込む“外の世界”の象徴としてトキの人生に現れる。怪談という日本の語りの美学と、英語や合理主義的な異文化が交わるとき、トキの中で新たな選択肢が生まれていく。『らんまん』における西洋植物学との出会いが万太郎に進路を開いたように、トキにもまた、好きなものを手がかりに時代の壁を乗り越える道が示されることになっていくはずだ。

 『ばけばけ』は、決して大きな事件が次々と起こるようなドラマではない。けれども、一見静かな日常の中に、人々の複雑な感情と人生の選択が折り重なる。親子の距離、時代に取り残された人々の戸惑い、自分の夢すら言葉にできない若者の孤独。それらを、ユーモアと温もりを交えながら描いていく。社会に居場所がなくても、声高に夢を語れなくても、誰かのことを想いながら日々を紡いでいる人々の姿が、『ばけばけ』では確かな温度を持って描かれている。トキというヒロインが魅力的なのは、彼女が“自分自身の物語を生きる”ことを選び取っていく過程にある。たとえ最初の夢が叶わなくても、誰かに頼らず、自分の足で未来を選び直す。そのしなやかな強さが、現代を生きる私たちにもどこか重なる。

 朝ドラは常にその時代の女性の生き方を照らしてきた。時代のうねりに流されながらも、誰かを想い、自分の好きを手放さずに一歩ずつ前へ進む。そんな彼女の姿に、私たちは何度でも励まされるのだ。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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