『ブライアン・エプスタイン』はどこまでリアル? ビートルズを支えたマネージャーの軌跡

 しかしながら、ここでひとつ留意しておくべきは、エプスタイン自身は生前、自らのセクシュアリティについて公言することはなく、その自伝においても一切触れていないことだろう(イギリス全土で同性愛行為が合法化されたのは1982年。つまりそれ以前は「犯罪」だった)。関係者たちのさまざまな証言によって、それは「公然の事実」であったとも言われているし、実際それが、彼の深い「孤独」に何らかの影響を与えた可能性もあるけれど、実際のところはわからない。ちなみに、本作のエンドロールの最後に「Some characters are fictional and intentionally created in order to aid the dramatic narrative.」とあったけれど、筆者が調べた限り、映画の後半から登場する「テックス」という人物が実在したかどうかについては確認できず、恐らくこの人物が「創作」なのではないだろうか(逆に言うと、それ以外の登場人物は、すべて実在する)。

 とはいえ、本作にも描かれているように、1964年にビートルズが世界へと進出し、エプスタインの尽力と根回しもあって、アメリカでの爆発的な人気を獲得――もはや、社会現象とも言うべき「熱狂」を生み出して以降(そのリアルな「熱狂」を知るには、ロン・ハワード監督によるドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK-The Touring Years』(2016年)、あるいはマーティン・スコセッシ監督が製作を務めたドキュメンタリー作品『ビートルズ ’64』(2024年)を参照するのがいいだろう)、ジョン・レノンの「ビートルズはキリストよりも有名だ」発言に対する思いがけない反発、1966年の来日公演で武道館を使用することに対する右翼勢力からの抗議(その当時、武道館でロックのコンサートをやるなど、異例中の異例だった)、その後訪れたフィリピンの大統領官邸で行われた歓迎会を無断欠席したことに対する反発など、行く先々で巻き起こるトラブルへの対応で、エプスタイン自身がみるみる消耗していったのは、周知の事実であるようだ。そして、同じく疲弊していたメンバー自身の希望による、公演活動の長期的な休止宣言。その翌年となる1967年8月、エプスタインは薬物の過剰摂取でこの世を去ることになるのだった。享年32歳。

 そこで、改めて思うのだ。果たして我々は、この作品をどのように受け止めるべきなのだろうか。そして、この作品を作り上げた人々が、本作で伝えようとしたことは何なのか。その答えは、実は序盤から幾度となく暗示されているのだった。映画の始まりから程なくして、いわゆる「第四の壁」を突き破って、フランクな形で観客に語り掛けてくるエプスタイン。そう、彼は「世界最高のバンドを育てた男」である以前に、世界的なロックバンドの躍進を、ときに戸惑いながらも最前列で目撃した「時代の証人」であり、それを時代を超えた人々に伝える「解説者」の役割を担っているのだ。今日では、ビートルズの音楽的な最盛期と目されている『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と『ザ・ビートルズ』(通称:『ホワイト・アルバム』)のちょうどあいだに、この世を去ってしまったエプスタイン。本作の最後に流れる一曲――ビートルズと同じくエプスタインがマネジメントを担当しジョージ・マーティンがプロデュースした、ジェリー&ザ・ペースメイカーズの「ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン」(サッカーファンには、お馴染みの一曲だ)は、この映画の作り手たちからエプスタインに捧げた、何よりのメッセージなのかもしれない。そう、あなたはけっして孤独ではなかったよ、と。

■公開情報
『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
9月26日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
出演:ジェイコブ・フォーチュン=ロイド、エミリー・ワトソン、エディ・マーサン
監督:ジョー・スティーヴンソン
配給:ロングライド
2024年/イギリス/英語/112分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:Midas Man/日本語字幕:斉藤敦子/字幕監修:藤本国彦/PG-12
©︎STUDIO POW(EPSTEIN).LTD
公式サイト:https://longride.jp/lineup/brian

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