インド映画を愛する人も必見 『灼熱のカスカベダンサーズ』は『クレしん』に刻まれる快作に

びっくりするほど面白かった。現在公開中の劇場版第32作『映画 クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』は、新鮮かつ濃密なストーリーで長年の『クレしん』ファンを唸らせると同時に、初めての映画館体験をする子どもたちも存分に楽しませてくれる快作だ。そして、インドとインド映画を愛する人も必見である。
物語は、かすかべ防衛隊(しんのすけ、ネネちゃん、風間くん、マサオくん、ボーちゃん)の面々が「カスカベキッズエンタメフェスティバル」に出場し、見事優勝を果たすところから始まる。5人は賞品として、春日部と姉妹都市になったインド・ハガシミール州ムシバイに招待されることに。異国の旅に興奮を隠せない一行だったが、しんのすけとボーちゃんは現地の骨董品屋で、不思議な力を秘めた「紙」と遭遇。ボーちゃんはその魔力に魅入られてしまい、いつも鼻水を垂らしている鼻の穴に丸めた紙を突っ込み、とめどなく溢れる欲望とパワーの虜になった最強の「暴君」と化す!

『クレしん』ファンであれば、しんちゃんの友人たちのなかで最も予測不可能なポテンシャルを秘めているのが、ボーちゃんであることは知っているはずだ。本作はそんな彼のダークサイドを初めて明らかにし、制御不能の膨張と暴走を繰り広げるさまをダイナミックに描いている。そこには「ぼく(私)の何を知っているの?」という、万国共通の魂の叫びがある。
前半で、フェスに向けて誰よりも熱心にステージの練習に打ち込むボーちゃん、そして自分たちの努力の成果として獲得したインド旅行にいつもよりテンションが上がっているボーちゃんの姿に、普段の日常生活では見せない彼の「秘めたる部分」を観客に伝えるシナリオがうまい。常にマイペースで、おっとりしていて、冷静沈着なボーちゃんが、実はサバイバル・スキルや鼻水を駆使した防御力と攻撃力に長けている局面を、我々はこれまで何度も目撃してきた。だが、今回はそれとも違う、ボーちゃんの「性格」や「真性(しんしょう)」が掘り下げられる。
紙の魔力によって欲望を解放し、人を人とも思わない暴君になっていくボーちゃんの姿は、とてつもなく妖艶な悪の魅力に満ちている。歌舞伎でいうところの色悪、あるいは『AKIRA』(1988年)の鉄雄を思わせるような、危うさを迸らせる暴走ぶりから目が離せない。いつになく饒舌、いつになくクールで尊大なセリフ回しは、演じる佐藤智恵にとっても困難かつ新鮮な試みだっただろう。「ボーちゃんが本気を出せばいつでも主役になれる」と思っているファンは少なくないはずだが、本作においては、その一回が彼をシリーズから退場させかねない危なっかしさと表裏一体なのだ(そういう意味でも鉄雄を思わせる)。
「白いもの(紙)を鼻から吸い込んで異常にパワーアップ」するボーちゃんは『スカーフェイス』(1983年)のアル・パチーノを彷彿させるし、『バーフバリ』オマージュのようなミサイル花火ライドも、どちらかというと『DRAGON BALL』の桃白白を(その凶悪さとともに)思い出させる。最大の見せ場はクライマックス、しんのすけとの壮絶な一騎討ちだ。この時点でボーちゃんの暴走を止められるのは、同じく未知数のポテンシャルと友情で武装したしんのすけ以外にいない。書けば書くほど『AKIRA』を思わせるような展開だが、作画的にも見応えたっぷり。ここでしんのすけが信じられないほどのシリアスさと瞬発力を発揮するアクション描写の見事さには、思わずハッと息を呑む。

そんな強力な主軸を彩るのが、全編に散りばめられたインド要素。歌と踊りをふんだんに盛り込んだ構成(だから普段より若干ランニングタイムも長め)、条理を超えたアクションシーンの数々は、もちろん近年のインド映画のヒット作から大いに影響を受けている。独特のスローモーションの緩急や大袈裟なスカーフ使いなども愛好家にはおなじみの描写だ。
なかでも出色なのが、謎の紙の行方を追うスーパーエリート特捜刑事兄弟、カビール・カッチャパパル・パッカパパル・カッチャパパル・パッカパーパル=通称カビール(CV:山寺宏一)と、相棒ディル(CV:速水奨)のキャラクターだ。大ヒット作『RRR』(2022年)をはじめとするインド産バディムービーの伝統を感じさせるキャラ造形も秀逸だが、彼らが駅前食堂で繰り広げるダンス&アクションも、本家インド映画の魅力を徹底研究したかのような迫力と切れ味。『クレしん』ファンが名作『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(1996年)の悪役コンビ、マカオとジョマを思い出すのも納得のパワフルさだ。
しかし後半、カビールはあるショッキングな出来事から別人のように老け込んでしまう。「たぶん」「と思う」「じゃないかな」を連発する気弱キャラに変貌してしまう壮絶な落差を、芸達者・山寺宏一が妙演。これぞ至芸である。おそらく『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995年)で知られるタミル語映画のスーパースター、ラジニカーント(御年74歳)が、プライベートでは映画とまるで違うおじいちゃんであるという事実にもインスパイアされているのだろう(ただ、ラジニは老けてても元気だと思う)。ちなみに山寺宏一はラジニ主演作『ボス その男シヴァージ』(2007年)予告編吹替も担当している。





















