鈍牛倶楽部の注目株・櫻井健人 『あんぱん』“コン太”今野康太役で残す確かな爪痕
放送中の朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)は、第12週「逆転しない正義」からさらに過酷な展開を描くものになっている。軍隊が嫌いだった柳井嵩(北村匠海)にとって、ここでの規律や人間関係はとても厳しいものだった。けれども本当に恐ろしいのは、戦況が悪化するにつれ“死”が身近なものになり、さらにはそれが当たり前のものになっていくこと。仲間たちの中には人が変わってしまう者だって出てくる。そのうちのひとりが今野康太だ。演じているのは櫻井健人である。
本作は、あの『アンパンマン』の生みの親である夫婦をモデルに、ヒロイン・のぶ(今田美桜)と、やがてその夫となる嵩の激動の生涯を描いていくものだ。日本中で愛され続ける作品とキャラクターがいかにして誕生したのか、私たちは本作をとおして知ることになる。いや、もうすでに『アンパンマン』という作品の芽になるようなものをいくつも目にしてきたのではないだろうか。のぶと嵩の人生と、それを取り巻く環境に、未来の創作の種はあるはずなのだから。
とはいえ、のぶと嵩がいま生きているのは戦時下である。しかも嵩は勇猛果敢で知られる小倉連隊に所属し、中国・福建省で地獄のような日々を過ごしている。せめてもの救いといえば、まさかの戦地にて再会した幼なじみたちや、青春時代をともに過ごした友人、最初は恐ろしかったがしだいに絆を深めていった古年兵たちの存在だ。
櫻井が演じる“コン太”こと今野康太は、嵩と同じタイミングで小倉連隊に転属してきた人物。そのうえ御免与尋常小学校時代の同級生でもあり、奇しくもこれが久しぶりの再会となった。いまはとにかく一日一日を懸命に生き抜かねばならない状況で、こういった存在は嵩にとって大きな支えになっていると思う。そして、櫻井はこのポジションを的確に捉えて演じてみせている。
現在の『あんぱん』における櫻井のポジションは、過酷な環境下で生きる小倉連隊のメンバーのひとり。嵩との関係を表現していくうえで、彼はいくつもの表情を演じ分けなければならない。“幼なじみ”というのは嵩とコン太の間に存在する重要な関係性のひとつだが、大前提として彼らがいまいるのは軍隊である。コン太はあくまでも小倉連隊のメンバーのひとりに過ぎない。彼は数いる兵士のひとりに過ぎないのだ。このような言い方をするのは気が引けるものだが、これが軍隊というものであり、戦時下における人間関係だったりするのではないだろうか。
だから基本的に櫻井の演技は“小倉連隊の一員”に収まるもので、コン太の個性を主張するものではない。小倉連隊の全体像が描かれるシーンで彼が心がけているのは、やはりある種の調和だろうか。けれどもそのいっぽうで嵩との個人的なやり取りをするシーンでは、ほかの者たちには見せることのない、人懐っこい笑顔をのぞかせる。そのごくかぎられた瞬間から、私たちは彼らの特別な関係を思い、この物語は深みを増していく。櫻井は自身のポジションをまっとうしている。そういえるはずである。