『べらぼう』一瞬の恋の思い出が一生心を温めてくれる 森下佳子脚本の切なすぎる愛の形
「てめぇの気持ちに気づくまでに、20年掛かってんだぞ。心変わりなんかできっかよ!」
告白が痴話喧嘩になってしまうのも、蔦重(横浜流星)と花の井あらため瀬川(小芝風花)らしい。花魁として幸せになってほしいと言ったり、他の誰でもなく自分が瀬川を幸せにしたいと言ったり。挙げ句の果てには、どうやって幸せにするのかと問われても「どうにか」と歯切れの悪い蔦重に、瀬川が「べらぼうめ!」と怒るのも無理はない。彼女はそんな蔦重の言葉ひとつひとつに心を乱され、ひとりで気持ちを立て直し、気丈に振る舞ってきたのだから。
ずっと密かに想いを寄せていた蔦重からの告白。夢見ることさえ許されないと思っていた展開。しかし、そんな嬉しい状況であっても蔦重の胸にすぐさま飛び込めない彼女の境遇が哀しい。それでも、今さら想いが通ったくすぐったさから思わず笑顔がこぼれる。単純に惚れた腫れたでは済まない吉原での恋に喜怒哀楽が交差し、こちらまで感情が迷子になりそうだった。
NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第9回「玉菊燈籠恋の地獄」では、まさに遊女たちの「恋の地獄」が描かれた。彼女たちが正式に吉原大門を出られるのは、身請け話か年季明け。しかし身請け話には庶民では手が届かない額の大金が必要になる。瀬川クラスになれば、1000両はくだらない。蔦重にはとてもではないけれど用意できない。
ならば「年季明けに!」と約束をした蔦重だが、一般的に吉原で働いていた遊女たちの年季明けは27歳前後だと考えられていた。しかし、その平均寿命は22歳ほどだったとも言われる。蔦重が吉原を盛り上げるほど、瀬川は多くの客を取らざるを得なくなり、様々な感染症のリスクが上がる。年季明けまでに命が尽きてしまう遊女も多くいるのが吉原の現実だった。
であれば、残された道は今すぐに遊女たちを連れて脱け出す「足抜け」のみ。ちょうど蔦重が瀬川と足抜けを企てていたとき、一足先に新之助(井之脇海)とうつせみ(小野花梨)が吉原大門をこっそりと脱出。しかし、すぐに追っ手につかまり、うつせみは女将のいね(水野美紀)から折檻を受ける。だが、そのいねの言葉には納得してしまうところもあるのが苦しい。
運良く追っ手から逃れたとしても、一生追われる身となった2人にどんな未来が待っているのか。根を張るような暮らしはできず、仕事を転々とすることになるに違いない。金に困って、あっという間に借金をしなければならない生活に転落。すると、男は逆転を夢見て博打に手を出すようになる。そんな膨らんだ借金を返すために、女は身売りをしなければならなくなる。せっかく遊郭から足抜けをしたのに、もっと粗悪な状況で客を取る羽目になるのだ。それは吉原で長く生きてきた、いねだからこそできる足抜けをした男女の顛末。
その言葉は、瀬川の心にも重く響く。加えて、瀬川は「5代目・瀬川」という名跡を受け継いだ身。いねから見れば、先代の瀬川が間夫と心中をしたのは、決して悲恋を貫いた美談なんかじゃないと憤る。その後に瀬川の名を継いで幸せになるはずだった遊女たちの未来をも潰した愚行だと。そして、名跡を継ぐとは見た目や所作を磨き上げることだけでなく、その生き様を後に続く者たちに見せるという責務があるのだと続けた。