“有木野”松田龍平の抱える過去が明らかに 三上博史登場で動く『東京サラダボウル』
ただ、それだけが理由ではない。一緒にお酒を飲んでからというものの、明らかに様子がおかしい有木野。鴻田を避けるようになり、顔を合わせても気まずい空気が流れる。それはひとえに、鴻田が警察官になるきっかけを作ったのが織田だということを知ってしまったから。有木野は織田について深掘りされることを恐れているのではないか。しかし、そんな有木野の思いに反し、織田の死を招いた人物が鴻田の近くに現れた。それが、阿川だ。
鴻田は「あいつのことは信じないでください」という有木野の言葉をきっかけに、2人の間にある因縁を知る。4年前、上麻布署内で起きた誤訳事件。週刊誌の報道によりバッシングを受けたのが、取り調べで通訳を担当していた阿川と相棒の織田だった。
八柳(阿部進之介)によると、その件で有木野が情報漏洩を疑われたのは当時、監察官・豊角(三浦誠己)の要請で阿川の内偵に協力しており、内情に詳しかったためだという。記事が出た1週間後、織田が自ら命を絶ったことで、誤訳を行った阿川ではなく、理不尽にもその情報を外に流したと思われる有木野が警察官達から恨まれるようになったのだ。
だが、鴻田には有木野がやったとはどうしても思えなかった。警察学校の同期と有木野は言うが、織田の遺品にあったツーショット写真や、2人の共通の友人である柏傑(朝井大智)から聞く話を総合すると、より深い関係であったことは明らかだ。
有木野が大切な人を貶めるようなことをするはずがない。鴻田がそう信じられるのは、今までの彼を見てきたから。鴻田は人を一面的に判断しない。「“胃”も合って気が合うんじゃないですか」と今井(武田玲奈)が2人のことを話すのを聞いてハッとした。食事で冒険する鴻田と保守的な有木野。最初は何もかもが正反対だった。けれど、外国人居住者の人生と共に向き合う中で少しずつ互いを知り、影響し合って“胃”の合うコンビとなったのだ。だから、鴻田は自分の目で見てきた有木野はそんな人じゃないと言い切れる。でも、それこそが最も有木野の恐れていたことだったのかもしれない。
不法滞在者を人身売買組織に売り渡すブローカー、通称・ボランティア(絃瀬聡一)を知るリンモンチ(李丹)にかねてより接触していた鴻田。ところが、「織田さんになら話す」という連絡を受けた直後、モンチが何者かに殺害された。織田は5年前、風営法違反の件でモンチを取り調べており、その時に彼を信頼するようになったのだと考えられる。
その死に責任を感じ、もう後に引けない鴻田は意を決して有木野の過去に踏み込んだ。しかし、「あいつが死んだ時に誓ったんです。この件は俺が永久に埋めるって」と拒絶されてしまう。ここにきて開きかけた心を閉ざしてしまった有木野。だが、それは鴻田を守るためなのだろう。豊角は有木野だけではなく、織田にも阿川の内偵をさせていたと見られる。阿川が今回、国際捜査の現場に復帰したのは豊角の差し金であり、有木野は鴻田にも危険が及ぶことを危惧しているのだ。情報漏洩を疑われていることは、むしろ彼にとって好都合だったのかもしれない。他人と関わらなければ、自分の過去に踏み込ませなければ、誰も危険な目に遭わせることがないから。だとしたら、切ないほどに優しい。
有木野が自分の感情を入れず、正確な“逐語訳“でつなぐことに徹するのも、参考人や被疑者の大事な人生を預かっているものとしての矜持であり、優しさだ。もちろん、間違いはどうしたって起きる。大事なのは、自分の誤訳に気づいた時、ミスを認めて通訳内容を修正できるかどうかと鴻田は有木野に教わった。
あの時の自分はそれを怠った、と振り返る阿川は「またこうして戻ってこれたのも、最後に“神様”がチャンスをくれたのかもしれないな」と語る。その最後のチャンスを阿川は何に使おうとしているのだろうか。誤訳事件を経て心を入れ替えたようにも見えるが、ボランティアと繋がっているところを見ると油断できない。三上が醸し出す清濁併せ持つ雰囲気が、阿川を信じるべきか信じざるべきかという判断を難解なものにしている。
■放送情報
ドラマ10『東京サラダボウル』(全9回)
NHK総合にて、毎週火曜22:00〜22:45放送
NHK BSP4Kにて、毎週火曜18:15〜19:00放送
再放送:NHK総合にて、毎週木曜24:35〜25:20放送
出演:奈緒、松田龍平、中村蒼、武田玲奈、中川大輔、絃瀬聡一、ノムラフッソ、関口メンディー、朝井大智、張翰、許莉廷、喬湲媛、Nguyen Truong Khang、阿部進之介、平原テツ、イモトアヤコ、皆川猿時、三上博史
原作:黒丸『東京サラダボウルー国際捜査事件簿―』
脚本:金沢知樹
音楽:王舟
メインテーマ曲:Balming Tiger
メインビジュアル・デザイン:大島依提亜
メインビジュアル・スチール撮影:垂水佳菜
演出:津田温子(NHKエンタープライズ)、川井隼人、水元泰嗣
制作統括:家冨未央(NHKエンタープライズ)、磯智明(NHK)
プロデューサー:中川聡子
写真提供=NHK