なぜこれほど優しい映画が生まれえたのか 『違国日記』が解きほぐす“ふつう”の呪い

 映画では、すでに亡くなってしまった朝の母親である実里の存在も、そこら中に色濃く感じられる。それは朝のために残された手紙のような日記であったり、朝がふとした瞬間に見る幻影であったり、もうこの世にいないはずの実里が、まるですぐ隣にいるかのように描かれる。瀬田なつきの『彼方からの手紙』(2008年)では、おそらく病気で若くして死んでしまった父親と大人になった娘が、未来と過去の交差する時空間で再会し、束の間の旅へと出かける。『彼方からの手紙』は、亡き父親からの手紙を娘が読むシーンから開始されるのであって、実はこうした瀬田なつきの初期の作品から『違国日記』において立ち上がる「不在の誰かとの繋がり」という要素は変わっていない。

 『違国日記』の朝は、その名前にも象徴されるように、未来に必ずくる美しいものであり、この物語のなかで希望を体現したような存在として生きている。「未来」にはいつも、何かわからないものが待っていて、それはたしかに残酷で、不安で恐ろしいことだ。しかし「わからなさ」にあるのは、決して残酷さだけではない。「わからない」からこそ、そこに希望が生起される。それは、人との関係を築いていくことにおいてもいえるだろう。

 『違国日記』は、「ふつう」を巡って何らかの生きづらさを抱える者たちと、それぞれの理解のし合えなさにやわらかく寄り添う。映画には朝と槙生以外にも、槙生の元恋人である笠町(瀬戸康史)、友人の醍醐(夏帆)、朝の友人であるえみり(小宮山莉渚)や千世(伊礼姫奈)といったさまざまな登場人物たちが出てくるが、「ふつう」は、誰がどんな角度から見るのかによっても変わってくる。「ふつう」なら夫婦は苗字が同じもの、「ふつう」なら大人は掃除ができるもの、「ふつう」なら親が死んだら悲しむもの、「ふつう」なら結婚して家族を作るもの……。映画はこの社会にいくつもある、そんな呪いを軽やかにときほぐしていってくれる。『違国日記』における「人と人のわかりあえなさ」という平行線は、青空を掻っ切ってゆく飛行機雲のようにどこまでも清々しく、眩い。

■リリース情報
『違国日記』
Blu-ray&DVD発売中

【映像特典(Blu-ray)】
・メイキング&インタビュー
・イベント集(完成披露上映会・公開直前イベント・公開記念舞台挨拶・大ヒット御礼舞台挨拶)
・あさのうた特別映像
・パオダンメイキング

【封入特典(Blu-ray)】
・ポストカード5枚セット

出演:新垣結衣、早瀬憩、夏帆、小宮山莉渚、中村優子、伊礼姫奈、滝澤エリカ、染谷将太、銀粉蝶、瀬戸康史
監督・脚本・編集:瀬田なつき
原作:ヤマシタトモコ『違国日記』(祥伝社 FEEL COMICS)
発売元:「違国日記」製作委員会
販売元:VAP
©2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

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