『シビル・ウォー』はなぜ多くの観客に受け入れられたのか アメリカの悲劇的な姿を追体験

 いよいよ「ウェスタン・フォース」と「フロリダ連合」の軍は、ワシントンD.C.へと至り、南北戦争を終結へと導き奴隷解放宣言をおこなった大統領の功績が讃えられた「リンカーン記念堂」の破壊とともに、大統領殺害の作戦が開始される。出遅れていたリーたちジャーナリストは、軍に帯同しながら最前線へと進み、死の危険に飛び込んで大統領のもとを目指す。

 自国の惨状を目にし、身内の悲劇を体験することで憂鬱さを表情にうかべたリーとは対照的に、若い写真家ジェシーは「命の躍動を感じた」と語る。かつてリーもまた、彼女と同じように戦地で、ある種の躍動を感じ取っていたのかもしれない。

 それは蛮勇とも冷酷な態度とも受け取れるが、ジャーナリストが身近にいる環境に育ち、かつてはジャーナリスト志望だったというアレックス・ガーランド監督にしてみれば、本来ジャーナリストや戦場写真家は、そもそもそういう仕事だという認識があったのだと考えられる。だから、仕事を優先させて進んでいくジェシーの戦場での振る舞いは、ジャーナリストととしての成長を意味しているはずである。

 戦争は、自分の地域でおこなわれなければ、市民も、そして世界の人々も、何が起こっているのかを知ることができない。そこで起こっている真実を広く伝えるためには、戦場写真家やジャーナリストが不可欠である。本作は、そういった人々の役柄の“個人的な眼”をカメラのレンズとして借りることで、リアリティある戦場の臨場感を観客に追体験させるのである。

 このように、マクロ的な設定を利用しながらも個人的な視点で世界を描く作風は、『28日後...』の脚本を書いたアレックス・ガーランド監督ならではだといえるだろう。そして、作品のテーマは次第に内戦からジャーナリストの成長へとスライドしているように感じられる。その意味で本作は、分断と内戦のテーマを描ききってくれることを期待する観客のを一部裏切っているかもしれない。

 とはいえ本作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、アメリカ本国や各国で大きなヒットを達成したのち、日本でも週末動員ランキング1位を獲得した。その背景にあるのは、やはりアメリカの分断と混乱状況への興味の大きさにあると考えられる。そして、ジャーナリストの決死の姿を通して、具体的な政治性には触れずともアメリカの悲劇的な姿を追体験できるという趣向自体に価値を感じたということではないのか。

 そして、むしろ具体的な理念の違いを描かずに、直接戦闘に加わらないジャーナリストを主人公にしたことで、中立性を持ったうえで戦争をとらえることで、さまざまな政治的意見を持つ観客に受け入れられたという事情もあるはずだ。その意味で本作は、“内戦体験映画”にとどまっているのも確かだ。

 また同時に、現実の世界で、民主党、共和党ともにアメリカが支持、支援しているイスラエルがガザ地区での虐殺のみならず隣国のレバノンにまで攻撃を仕掛け、イランと深刻な敵対関係に発展した世界情勢と比べると、本作が描く警鐘は、アメリカ人以外の観客にとっては悠長に感じられる面がある。

 そして、半年前に本作が公開されたアメリカの観客が、当時から国連でも問題となっているイスラエルの行動を支持しながら、自国の内戦のフィクションをスリルとともに味わっていたというのは、ある種のグロテスクさをおぼえるところもある。もちろんそれは、本作を数年前より準備していたガーランド監督の責任とは言えないだろう。

 その一方で、この乾いたタッチの作品に政治的な面が全く欠けているというわけでもない。本作の劇中で起こる悲劇の多くは、他の人間、意見の異なる人間に対する不寛容さや、偏見によって発生しているのである。そしてそれが、理不尽な分断や戦争を生み出す原因だと考えられるのである。

 ジャーナリストとしての経験が豊富なリーは、だからこそ画面に映る大統領の姿と、窓の外の戦火を見ることで、自分が国に対して、そして市民の命を守るための最大の貢献をする道として、危険な取材の旅に出る覚悟を固めたはずなのだ。

 主人公のリーが前へ前へと突き進む意欲を生んだ理由として、こういった“世界に対して、自分が何をできるのか”という思考が存在したとすれば、ジェシーもまた、最終局面で同じことを思ったはずだ。二つの世代の女性の生き方によって、本作はこの考えを尊重しようとしている。そして、それを個人が考え、実行する瞬間にこそ、自分が生きる価値があるということを、アレックス・ガーランド監督は示していると考えられるのだ。そういう見方であれば、本作は現在の世界情勢においても、強く輝くことができるはずである。

■公開情報
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中
監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024年/アメリカ・イギリス映画/109分/PG12
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