リー・ダニエルズが描く“悪魔祓い” 『デリヴァランス 悪霊の家』の多層的な構造を読み解く

 本作は、娯楽作品として超常的な恐怖を描いてはいるものの、見方を変えれば、一人の女性が、悪魔という形に象徴された、自分のなかのもう一人の自分と対峙して乗り越えるという、あくまで精神的な戦いだと考えることができる。実際、クライマックスでは、そういう解釈ができる演出が施されている。この点をしっかり踏まえているのは、さすがリー・ダニエルズ監督といったところだ。

 ダニエルズ監督は、現在のアフリカ系主導のアメリカ映画を盛り上げている重要なクリエイターの一人だ。人種的なルーツを共通のテーマとしながら、『大統領の執事の涙』(2013年)のように歴史的な差別の問題だったり、『プレシャス』(2009年)のように劣悪な家庭環境に生きる人間のドラマだったり、『ペーパーボーイ 真夏の引力』(2012年)のようにギョッとさせる過激な要素など、さまざまな要素を作品に反映させてきた。本作の企画は、そのいずれの要素も存在するという点で、ダニエルズ監督が選ばれていると考えられる。

 しかし、本作には非難の声もある。それは、主人公エボニーの母親役を、白人の俳優グレン・クローズが演じているという点だ。基となったと考えられる実話では、とくにそのような事実はないため、黒人の役を白人が奪うという「ホワイトウォッシュ」ではないかという指摘がなされたのである。

 ダニエルズ監督はその点について、それはあくまで自分の表現したい物語を語る試みであり、実際の家族と切り離した設定を用意したかったのだと説明している。黒人コミュニティのなかで文化に順応している白人女性が存在することを例に挙げ、そういう人物は、これまでの映画でほとんど描かれてこなかったと語っている。そして、本作の主人公のように、白人の親を持ちながら黒人社会で生きているアフリカ系アメリカ人の生活についても同様に描きたかったというのだ。本作で飛び交う汚い言葉は、確かにダニエルズ監督らしい、リアリティへの挑戦とも受け取れる。(※2)

 一方でダニエルズ監督は、本作では自分が「最終編集権」を獲得し、作品をコントロールしていると前置きしつつも、Netflix側の要望にも応えたのだと振り返ってもいる。Netflixは、とにかく視聴者を緊張させるような超常的なシーンを随所に盛り込むことを要求したというのだ。それについて監督は、家の中で起こる怪異は本作にとって真の緊張をもたらすものではないと考えつつも、そういった要求に応じた部分もあると示唆している。確かに配信作品は、観る者の興味を持続させなければユーザーは離脱してしまう。ダニエルズ監督はそれを「クリックの世界」だと表現した。(※3)

 本作のクライマックスのシーンでは、キリスト教における、聖霊の影響から恍惚状態となり、知らない言語を話し始めるという「異言」が登場する。それは宗教的には、悪魔による人体の乗っ取りとは反対の意味を持つ現象だと考えられ、ここでは悪魔に対抗する力として描かれている。興味深いのは、当初、脚本上ではこのような点は存在しなかったという部分である。なんとアンドラ・デイは、監督の指示なく現場で自主的に異言を発することに挑戦したというのである。それは、彼女が熱心なキリスト教信者でもあったという背景もある。(※4)

 冒頭で述べたようにアンドラ・デイは、かなりの期間、ビリー・ホリデイになりきっていたことで、プライベートにも影響するほどの不調を経験し、セラピーにも通うようになった。しかし、彼女が本作『デリヴァランス 悪霊の家』で演じた「デリヴァランス(解放)」のプロセスは、今年、久しぶりにアルバムをリリースすることとなったアンドラ・デイ自身にとっても役からの影響を脱出する良い機会になったのかもしれない。もちろんビリー・ホリデイが悪魔であるはずはないが、役柄はときに俳優をそこまで追いつめてしまうものなのだ。

 「悪魔憑き」が、その人の環境や精神状態の暗示である可能性があるように、演技にもまた、ある種の宗教性、シャーマニズムなどとの関連が見られるときがある。その意味において、本作は意図せず多層的な構造になった、興味深い一作であることに気づかされるのだ。

参考
※1. https://people.com/andra-day-new-album-cassandra-cherith-mental-health-family-exclusive-8647719
※2. https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-features/lee-daniels-monique-the-deliverance-horror-1235978760/
※3. https://thefilmstage.com/lee-daniels-on-the-deliverance-shifting-culture-douglas-sirk-and-that-glenn-close-performance/
※4. https://www.indiewire.com/features/interviews/the-deliverance-lee-daniels-netflix-christian-horror-movie-1235040597/

配信情報
『デリヴァランス 悪霊の家』
Netflixにて配信中

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