じつは岡部は、前々期の朝ドラ『らんまん』（2023年度前期）にも顔を出しているのだが、この『虎に翼』では主人公と衝突するような重要な役どころ。少しでも自分の演技を見せつけようとするような気持ちがあったならば、それがノイズとなって、シーン全体の印象がごちゃつくことになるかもしれない。ある種の禁欲的ともいえる岡部の冷静なパフォーマンスによって、私たちは入倉始というキャラクターを知りながら、寅子とのかけ合いを堪能できているのだ。

　あちこちで書かれていることなのでここでは簡単に触れておくのにとどめるが、岡部ひろきは寅子の父・猪爪直言を演じた岡部たかしの息子である。父・たかしは、いまや日本のエンタメ作品に欠かせないバイプレイヤー。本作にも“名演”といえるものを刻みつけ、私たちから笑顔と涙を引き出した。そんな彼の息子が登場し、寅子と衝突する役どころを演じているというのは、なんとも胸熱な展開である。

　現在の「新潟編」はずっと続くわけではない。やがて寅子は新潟の地を去ることになるはず。それはひるがえって、本作から入倉が退場するということでもある（もちろん、物語の世界の中で生き続けるはずだが）。しかしサラリとその日がやって来るわけではないのではないだろうか。ドライな性格の入倉が、“よく知らない他者を信じてみること”を学ぶ日が来るのではないか。それはたぶん、岡部ひろきの演技が転調する瞬間である。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合：毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、（再放送）毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム：毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、（再放送）毎週土曜8:15〜9:30
BS4K：毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、（再放送）毎週土曜10:15～11:30
出演：伊藤沙莉、岡田将生、土居志央梨、桜井ユキ、平岩紙、ハ・ヨンス、戸塚純貴、岩田剛典、田中真弓、羽瀬川なぎ、田口浩正、遠山俊也、望月歩、堺小春、田中美央、竹澤咲子、名村辰、松川尚瑠輝、岡部ひろき、高橋克実
作：吉田恵里香
語り：尾野真千子
音楽：森優太
主題歌：米津玄師「さよーならまたいつか！」
法律考証：村上一博
制作統括：尾崎裕和
プロデューサー：石澤かおる
取材：清永聡
演出：梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供＝NHK