『旋風』は選挙シーズンの今観るべき一作 圧倒的リアリティで問いかける“政治とは何か?”

 ストーリーやキャラクター造形のみならず、ドラマの持つ深いメッセージもまた本作の魅力だ。ドンホは汚職を隠蔽したスジンに対し、「なぜ君は独裁に反対し、クーデターに抵抗を?」「産業化をなしとげ、国を発展させたのに?」と詰問する。30年前、スジンは学生運動の代表的な団体の宣伝部長として権力へ抵抗していた。彼女の変節は、韓国で政治経済の中枢を担う“586世代”の姿をよく象徴している。

 “586世代”はかつては“386世代”と呼ばれており、こちらの方が耳に馴染みがあるという方も多いのではないだろうか。1990年代に30代で、1980年代の民主化闘争にかかわった1960年代生まれのことで、彼らが現在50代になった今は“586世代”と呼ばれるようになった。

 30年前、スジンと夫のミノは学生運動の団体で民主化デモに命を懸けた2人であり、人権派弁護士として投獄されたチャン・イルジュンを支持したスジンも、逮捕された経験がある。のちにドンホとスジンの“コマ”となるチョ・サンチョン議員(チャン・グァン)は、スジンに苛烈な拷問を加えた公安検事だった。独裁政権の負の遺産が今も政治の中枢で力を持っているのだとすると戦慄するが、同時に虐げられながらも勇気と信念で国家権力を覆した世代が、結局その後腐敗に手を染めているのもまた苦々しい。

 こうした設定は、製作陣によれば特定の世代への言及や批判ではないということだが(※4)、既得権益化した左派の市民学生運動の世代とそれ以降の世代における葛藤や軋轢は、韓国社会では社会的イシューとなって久しく、韓国の視聴者は誰でも気づいているだろう。586世代が学生として反体制運動をリードした頃、韓国経済は高度成長期だった。彼ら彼女らは、卒業後に大手企業などへ就職した。そして今はさまざまな組織の幹部となっている。政界入りした者も多かった。長い就職難にあえいでいる若者世代から見れば、586世代が批判した独裁者のパク・チョンヒ大統領が成功させた経済成長「漢江の奇跡」で富を手にした既得権益世代にしか見えないのだという(※5)。

 大統領を手にかけたパク・ドンホにもチョン・スジンにも、互いに“信念”があった。しかし前者は危険で、後者は歪んでいた。チョン・スジンはミノの収賄を責めたとき「あなたが、私が、パク・ドンホであるべきだった」と慟哭する。「腐った世の中をどうするか。俺たちの問いは一緒。答えが違うだけだ。俺は自分の正解を信じて問いを貫き通す」と毫も引かないドンホの自殺は、スジンを法廷に立たせるための捨て身の結果だったが、正しさからどんどん逸れていく自分を罰した意味もあったのではないか。

 道を誤ったスジンの堕落に、政治とは政権や体制、ましてや個人を守ったりおもねたりすることではないと改めて痛感させられる。では正攻法なら何かが変わるかと言えば、「偽りに勝つのは真実ではなく、より大きな偽り」と手を汚すドンホは破滅に向かう。生きる現実の中でも私たちはそんな苦々しさに直面することがある。一体政治は何のためにあるのだろう? ドンホの秘書でソ・ギテの妹ジャヨン(イム・セミ)は、「正義も法も兄を救ってくれなかった」と言い放ち、政治の無力さを責める。ドンホとギテの親友で、検察総長のジャンソク(チョン・ベス)はこう彼女に語りかける。そのセリフが、政治がなすべきことを最もよく表現していて、いつまでも胸に響く。法と原則を守り正義を貫こうとし、何度もドンホに苦言を呈するジャンソクは、ドンホが真に夢見た姿だったのではないだろうか。

「時間を要しても、悔しくて涙を流しても、俺は信じる。世界は正しくなってると。耐えてふんばりながら、俺は最善を尽くすだけ」

参考

https://youtu.be/7F4jFSYLbl8?si=0-6jUGQEz2WuDgUC
https://www.hankyung.com/article/202407039019H
https://m.etnews.com/20240703000389
https://toyokeizai.net/articles/-/303310

■配信情報
『旋風』
Netflixにて配信中
出演:ソル・ギョング、キム・ヒエ、キム・ミスク
原作・制作:キム・ヨンワン、パク・ギョンス

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